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vol.6 中学3年生、国体で勝つ|青春駆ける ~馬術に情熱の全てを捧げた10年間の成長の足跡~

国体

前回までのあらすじ

5月の競技では壊滅的な出来。馬の良さを全く活かせず出場しても完走できない。8月の全日本ジュニアでも失敗。全国のハイレベルな同世代の走行を見て (凄いなぁ、負けていられないな!)とようやく心に火が付いた。その2か月後、福岡で120cmのコースを完走。長い長い不調を抜けてようやく調子が上がってきた。学校でのいじめも12月に終了。その途端、学業成績まで上がり始めて猛烈な勢いで中3へ突入……

vol.5 中学2年生、壁にぶつかる|青春駆ける ~馬術に情熱の全てを捧げた10年間の成長の足跡~

2023-08-26

 

私が情熱の全てを捧げた10年間の乗馬生活について、『青春駆ける』と称して記事を執筆しております。

先日の第五巻では中学2年生の一年間について記しました。本記事ではシリーズ第六巻・中学3年次における乗馬生活の一年間について書きます。

かめ
それでは早速始めましょう

 

中2・3月~中3・4月:快走。近畿の大規模大会で2位に。直後、師匠から国体出場の誘いを受ける

中2での一年間の伸び悩みを経て中学3年次に大きく飛躍。悔しさをバネに練習を重ねてとうとう花が咲いたのです。

 

まずは3月、香川で110cmと120cmの二競技へ出場。110cmではケアレスミスで一つ障害を落としてしまうも、120cmではなんと無落下!減点ゼロにてゴールしました。会心の走行3年ぶりの優勝中障害に挑戦し始めてから一番上手く走れました。中2の春休みは室内馬場で”スピード感”にフォーカスを当てて練習。少し怖くなるほどスピードを出して馬を操る術を学んだのです。努力が早くも成果に顕れ達成感でいっぱいでした。 (自分、やればできるじゃないか^ ^)と嬉しくなったのをよく覚えています。

次に4月、兵庫は三木にて3日連続120cmへ出場。初日のレースでは減点ゼロ。なんと2位でゴールしました。この大会、西日本でも屈指の規模の大会なんです。出場人馬のレベルは高いしコースの難度も地方とは段違い。ハイレベルな人たちの中で成果を残せて大きな自信に。二日目・三日目はそれぞれ2落下したのでマグレでの2位だったものの、”ひょっとしたら運さえ巡れば全国で勝てるんじゃないか?”と思えてきました。

みっきぃホースフェスティバル みっきぃジャンプM-C PartI 2位入賞 走行映像

 

三木での大会を終えた翌週、いつものようにスプラッシュや他の馬に乗って練習していました。そしてMRCから帰ろうとした瞬間、後ろからI先生に呼び止められました。

I先生
おい。お前に話がある
かめ
はい、何でしょうか?

I先生、いつもと様子が違います。普段はオラオラとすごい勢いで怒鳴ってくるのに、今回は変にかしこまって神妙な面持ちで話しかけてきました。

I先生
なぁ。お前、コクタイ出んか?
かめ
コクタイ?何ですかソレ?
I先生
コクタイっちゅうんはな、国民体育大会っていう全国大会のことや。国民体育大会の略が国体。お前、広島県の代表として国体にチャレンジしてみんか?
かめ
え……チョットナニイッテルカワカラナイです

唐突に何を言い出すかと思えば国体へのお誘いだったのです。しかも私が国体へ”出る”前提で何やら話し始めました。

I先生
お前がもし出るんやったらダービーとスピハン、いや二段階かな?団体はリレーか貸用馬 (たいようば, のち説明します)やけど…まぁ、どっちでもえぇわ
かめ
すみません、本当にナニイッテルカワカラナイです…
I先生
お前、ダービー出たい?
かめ
はぁ。ダービーって何ですか?
I先生
ダービーいうたらダービーよ
かめ
だからダービーって何ですか?
I先生
そりゃ~…まぁ、ちょっと長めの障害コースよ。丸太を飛んだり水濠を跨いだりするんよ。お前が今まで出てきた普通のコースとはちょっと毛色が違うかもなぁ
かめ
僕にそんなんできますかね?
I先生
できる。お前は出来んでもスプラッシュは出来るけぇ安心せい
かめ
にしても、僕がいきなり国体に出てホンマに大丈夫ですか?なんかお門違いな気がするんですけど…
I先生
あぁ?何をそんな女々しいこと言うとるんじゃい。出るんか出んのかどっちなんじゃ?
かめ
それはまぁ…
I先生
はよ決めろ。5、4、3、2、0。どっちや?
かめ
…(”1”は?)
I先生
どっちなんや?って聞いとるんよ
かめ
うぅ…出ます
I先生
よし。自分で「出る」言うたんじゃけぇ出ろよ。7月、ブロック (国体予選・中国地区ブロック大会の略)な
かめ
え、3か月後ですか?!

と国体挑戦が決まりました。

I先生から何か言われて拒否することなどほぼほぼ不可能。「出てみないか」=「出ろ」ですから、声を掛けられた時点で出るか/出ないか選択する権利は私にはない。MRCから家へ帰る車の中で母親に「さっきI先生から国体へ出ろって言われたんだけど…」と告げました。母親、既にその話をI先生からされていたらしく、「出んさい」と秒速で私の国体挑戦を前向きにプッシュしてきました。後日、スプラッシュの馬主・Mさんにも「国体へ出ろと言われたのですが…」と相談します。すると、コチラからも「うん、知ってたよ。頑張ってね♪」とアッサリ言われてしまいました。母親、Mさんと外堀を埋められた私に選択の余地は最初からなかった。ほぼ強制的な形で国体への挑戦が決まるも、コレがその後の人生を大きく変えようとは当時、まだ夢にも思わず

のちにI先生からゆっくり話を聞かせてもらった所、4月にあった三木での大会で好走したのが広島県のエラい人の目に留まったらしいです。「あっ、なんかちょうど良さそうな奴がおるわ」と、レース直後にI先生とお偉いさんが話して国体へ出る運びになったみたい

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