自分史概略と幸福度推移図

幸福度推移図

 

誕生~中二まで

1997年12月 広島県東広島市で誕生。12時34分に生まれたらしい。

1歳の誕生日 哺乳瓶を床にたたきつけて「もういらない!」と宣言

幼稚園入学前に広島市へ引っ越し

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2003年4月(5歳・小1) 小学校受験をし、第一・第二志望校に落ちて第三志望の広島市内の某私立小学校へ入学。

2007年5月(9歳・小4) 4月から学校で太り気味の体型の事でいじめられるようになり、その逃げ場所として親が乗馬へ連れて行ってくれた。ソレを機に母子2名で乗馬を始めることに。

2010年4月(12歳・中1) 中学受験をし、第一志望校に落ちて第二志望の中高一貫男子校へ進学。小学校時代に私を虐めていたやつの大半が同じ中学へと進学し、中2まの12月まで毎日地獄みたいな辛い思いをする。

2011年3月 (13歳・中1) 中1最後の定期テストで270人中260位。親から本気で怒鳴りつけられる。

中三~一浪

2012年10月(14歳・中3) 岐阜国体(馬術)の少年二段階障害飛越競技で初の全国優勝。同日の少年ダービー競技で3位、団体障害飛越競技で8位と、出場3種目すべてで入賞。

2013年6月 (15歳・高1) 定期テストで270人中8位。英語と数学で一位など、初めて成績が10傑に入る。

2013年10月(15歳・高1) 東京国体(馬術)の少年ダービー競技で5位入賞。翌月の学校の定期テストでは270人中4位。

2014年8月(16歳・高2) 人生初の彼女ができる。同月に宮島で花火大会デートをするなど青春を思う存分満喫する。

2014年10月(16歳・高2) 長崎国体(馬術)の少年スピードアンドハンディネス競技とリレー競技で6位、少年ダービー競技で7位入賞 (出場全種目で入賞)

2015年10月(17歳・高3) 和歌山国体(馬術)の少年団体障害飛越競技で7位入賞。元彼女と同じチームを組んでの出場につき色々複雑な思いを抱えていたが、何とか一つ入賞できてホッとした大会だった。

2015年11月(17歳・高3) 京大実戦模試で農学部資源生物科学科A判定。ココで京大を受ける決意が固まる。

2016年3月(18歳・高3) 京都大学農学部に不合格&浪人確定(別ブログに飛びます)。合格最低点まであと6点…

2016年8月(18歳・浪) 京大オープン模試で農学部資源生物科学科A判定。学科内6位で成績優秀者として冊子掲載されるも、ここでメンタルが限界となり、志望校のグレードを下げ北海道大学に進路変更。

2016年10月(18歳・浪) 北大オープン模試で総合入試理系総合科学選抜群A判定&3位 (全受験生中30位ぐらい)。ここで目標を総合理系主席合格に切り替える。

2017年3月(19歳・浪) 北海道大学総合入試理系総合科学選抜群に次席合格(別ブログに飛びます)。一位とはまたもや6点差…

大学時代

2017年4月(19歳・大1) 北大に入学。馬術部への入部を模索するも、入部確定直前で気が変わり入部を取りやめ。

2017年5月(19歳・大1) タイミングを逃し、部活やサークルに入りそびれる。暇すぎて鬱になり、パジャマで外を思い切り全力疾走。そこで生きている実感を得られ、定期的にランニングを始めることになる。

2017年9月(19歳・大1) 東京都北区赤羽ハーフを1時間45分で完走。その直後に千歳のノーザンファームで開催中の全日本馬術大会を観戦しに行き、また馬に乗りたくなって馬術部へ入部。

2018年1月(20歳・大1) 馬術部の同期と付き合うことに。人生二度目の彼女ができる。

2018年6月(20歳・大2) 馬術部の先輩らと考えが合わずに馬術部を退部

2018年11月(20歳・大2) 作.AC真駒内マラソンで初フルマラソン3:10:46。ゴール後、彼女と牛角で焼き肉を食べる。

2018年12月(21歳・大2) 沖縄100Kウルトラマラソンで初100km10:19:18。フィニッシュ時、達成感と苦痛からの解放感とで号泣する。

2019年4月(21歳・大3) 3年次進級当日、はてなブログにて執筆活動を開始

2019年9月(21歳・大3) 白山白川郷ウルトラマラソンで人生初のリタイアを喫する。フェーン現象により気温が34℃まで上昇し、身の危険を感じて60kmでフィニッシュ。

2019年11月(21歳・大3) 富士山マラソンで自身初のサブスリ―(2:59:23)。フィニッシュ時、嬉しすぎて震え泣きする。フィニッシュ後、当ブログを設立して運営開始。

2020年4月(22歳・大4) 研究室に配属(別ブログに飛びます)。コロナ騒動も始まり人との交流が徐々になくなっていってしまう

2020年5月(22歳・大4) GWの最終日、彼女にフラれる。彼女が電話をくれても既に寝てしまっていて出られなかったり、旅行で超節約プランを立てて彼女を失望させてしまったりしていたのが祟ったのであろう。

2020年6月(22歳・大4) 中旬、コロナ騒動の影響でエントリーしていたウルトラマラソンが中止に。以降2年間、マラソン大会に出る気をなくす。下旬には初のつくば出張。国立研究所でガチの研究者の姿を見て純粋な憧れの思いを抱く。

2021年3月 (23歳・大4) 緊張しすぎて卒論発表で舌がフリーズ。質疑応答で一言も発せず硬直状態に陥る。

大学院時代

2021年4月(23歳・修1) 大学院修士課程へ入学

2021年9月(23歳・修1) 夜明け前の北大構内で42.195kmを2時間47分50秒でフィニッシュ。自身の生涯目標の一つ、マラソン2時間50分切りを達成する。

2022年8月(24歳・修2) 博士課程進学を決意。大学院試験を受験し無事合格。その直後(直前??)にストレス過剰のため喀血し、肩の力を抜いて楽に生きようと決意する。

2022年9月(24歳・修2) 日本学術振興会特別研究員DC1に内定。日本の全学術分野の博士進学者1.5万人のなかでトップ700人に入る

2022年10月(24歳・修2) 自分が実験データを集めて書いた論文がインパクトファクター23.9の世界的ビッグジャーナル(アメリカ化学会のHPに飛びます)に掲載される

2022年12月(25歳・修2) 沖縄100Kウルトラマラソンで100km9:01:17。自身初のサブ10達成。

現在に至る