【サブスリー達成】富士山マラソン2019 体験記


2019年11月24日・日本時間午前11時59分23秒

とうとう私はフルマラソン3時間以内で走り切った。

 

サブスリーは大学に入学してランニングにドはまりした時からず~っと追い求めてきた目標であり、サブスリーを達成するために多くの楽しみを犠牲にしてきた。

ランニングの時間を確保するためサークルには入らず、健康を害する飲み物を飲まねばならない”飲み会”にはほぼ行かなかった。

それほどまでもサブスリーを達成したかった理由は以下の記事にたっぷりと書いたので、以下の記事を後ほどご覧になって頂きたい。

サブスリーは未来への滑走路だ

2019-11-23

サブスリーを達成した喜びは格別だった。

嬉しすぎて嬉しさをどう表現したらいいのか分からないなど、初めての経験であった。

 

以下の文章は、サブスリーを達成した富士山マラソンの前日からの動向を記録したものである。

ランニングに関係ないことも多々記載したが、これも若気の至りだと思って寛大なお心でもって許していただきたい。

レースのことだけ知りたいという方は、以下の目次の”3.レース展開”という項目をクリックしてもらえると幸いだ。

一般に言うレース体験記はのみなので、時間のない方は”3と4”のみを、時間がたっぷりとある方は全部見ていただけけると嬉しい。

 

それでは始めよう。

マラソン前日

12時半に新千歳空港を出航する飛行機で羽田へと向かわねばならなかったので、時間にゆとりを持つため8時半過ぎに家を出た。

家のホワイトボードに貼っていた張り紙を目に焼き付け、家を飛び出した。

”ついに僕はサブスリーする”

この予言を現実にするため、全力で戦おうと決意した。

この張り紙は富士山マラソンにエントリーした2019年4月に作成したもので、エントリー以後8か月間毎日この張り紙を見てからランニングをしていた。4月のエントリー時からこの大会に照準を合わせた練習をしていたのである。

10時前に空港に着き、お腹が空いていたのでフードコートで昼食をとった。

家から持ってきた超巨大おにぎり(1合)をむしゃむしゃ食べた後、はなまるうどんで牛肉おろしぶっかけSサイズとコロッケを購入しバクバク食べた。

 

食事後、神奈川在住のN師匠へのお土産を選びに北菓楼(きたかろう)へと向かった。

N師匠はシュークリームが大好きなのである。

特に北菓楼のシュークリームが好きなのだそうだ。

あまりにもシュークリームを食べたくなったのであろうN師匠は、1週間前、私にシュークリームを買って来てほしいと連絡をした。

もし買ってきてくれたら中華街でごちそうするという事もおっしゃったので、中華街のごちそうにありつくべく私は2種類のシュークリームを買った。

 

N師匠とは今回の富士山マラソンを共に闘う事になっていた。師匠の方が私よりはるかに走力が上なので、師匠がゴールして体が冷えないうちに私がゴールせねばならないという使命感で一杯であった。

11時半、出航の1時間前、空港の保安検査場を無事通過しゲートへと向かった。

そして、12時15分頃に羽田行きの飛行機へと乗り込み、座席に鎮座した。

羽田行き飛行機のCAさんは美人ぞろいだった。

女優有望な逸材が何名もいて、この世の楽園というにふさわしい場所であった。

美人CAさんにANA特製の温かいコンソメスープをコップに注いでもらい、心も体もホッカホカにしてもらった。

 

14時ちょい過ぎ、無事羽田に到着した。

天候は雨。かなり風が強かった。

 

横浜駅行きのバスが羽田から出ていることを神奈川のN師匠から事前に教えて頂いていた。

そこで、美人ぞろいの飛行機を泣く泣く降りてバス乗り場へと向かい、バス乗車後安全のためシートベルトを着用して鎮座した。

まさに、大学生の鑑である。

バスは30分ほどで横浜駅のバスターミナルに到着した。

そして、駅でお待ちの師匠と連絡を取り、師匠が待っている場所へと向かった。

だが、あまりにも横浜駅の構造が複雑なせいで重度の迷子になってしまい、結局師匠と会うことができたのは駅に到着してから20分後となった。

かめ
師匠、申し訳ない…

だが、シュークリームを手渡しした時の弾ける笑顔を見て、全く怒っていないことを確信した。

 

師匠と関内駅北口で17時に待ち合わせする事になり、待ち合わせ時間までの時間を使って関内駅周辺のホテルにチェックインした。

ホテルの部屋に入りテレビを付けてみると、NHKで馬術競技の全日本大会をやっているのを発見した。

あまりにも驚き、口に含んでいた炭酸水を鼻に吸い込んでしまい鼻の奥にかなりの刺激を与えることになった。

刺激走は金曜にやったからもう刺激はええっちゅうねん。

 

17時に関内駅でN師匠と再会し、そのまま中華街へと向かった。

道中、師匠の苦労話を聞かせてもらったりベイスターズの人気の理由などを教えてもらったりして、ものすごく楽しい時間を過ごすことができた。

中華街で行った店は山東一号店というお店。

水餃子のサイズがめちゃくちゃ大きく、タレにココナッツミルクの隠し味が付いているという何とも素晴らしいお店であった。

師匠もタレのウマさに感動し、満面の笑みで食べ進めていらっしゃった。

師匠との会話に夢中になっていたため食べ物の写真を撮りそびれた。誠に遺憾である…

その後N師匠がお気に入りの焼き鳥屋さんに連れて行ってくださり、焼き鳥とモツ煮丼を食べさせてくださった。ありがたい限りである。

 

焼き鳥屋さんを出る直前、翌日(フルマラソン当日)朝の待ち合わせ方法を決めた。

それが以下のメモである。

N師匠
横浜駅の改札を出て西口方向へ進み、階段を上がって空が見える所で待ち合わせしよう
かめ
これで本当に師匠に会えるのでございましょうか?一度横浜駅で迷子になっている身としてはこれで本当に待ち合わせできるか不安でございます…
N師匠
うむ、大丈夫だ。絶対会える

(そうか、なら大丈夫だ)と安堵し、待ち合わせ場所を横浜駅西口(朝5時)に決定した。

フルマラソン当日、朝5時半に横浜駅を出発するツアーバスが用意されていたので、今回はそのバスを使って会場の富士河口湖へと向かった。

関内のホテルには20時ごろ到着し、シャワーを浴びて21時半には就寝した。

 

レース当日 スタートまで

4時に起床し、水を飲んだ。

そして、5時ちょい過ぎに横浜駅に到着する電車があるかどうかを調べ、5時ちょうどに横浜へ到着する京浜東北線に乗ることにした。

そして、キプチョゲになるべくMaurtenを作り始めた。

だが…失敗した。

本当は500mLの水にモルテンの粉を入れなければならないのだが、粉の粒径が想像より大きかったのが原因で、ペットボトルの口にモルテンの袋を付けた瞬間中身がドバーっと飛び出してしまったのである。

500mLちょうどの水に対し、袋に入っている粉全量を入れることによりモルテンドリンクはハイドロゲル効果を発揮する。

量を間違えたらただのドロッとしたエナジードリンクだ。

 

困った事になった。どうしよう…

かめ
でもまぁ、お腹の中に入ったら全部一緒でしょ笑。ハイドロゲルだか何だか知らないけど、何とかなるっしょ。

そう思い、ホテルの机一面に散らばったモルテンドリンクの粉をかき集め、全て口に入れた。

結果的に行きのバスの中でお腹がかなり張ってきたのでうまい事ハイドロゲル効果が発揮されたものとみている。

 

シャワーをささっと浴びて寝癖を直した。

そして汗腺を開かせてしっかり汗をかけるようにしておいた。

ドタバタしているうちに出発時刻になった。

部屋の忘れ物確認をし、部屋を出てホテルをチェックアウト。急いで関内駅に向かった。

とりあえず1番線で待っておけば横浜に着くっしょwwと思い、1番線ホームに向かった。

だが、ホームについた瞬間何か違和感を感じた。

スマホで調べてみると、どうやら私が逆のホームに着いたことが分かった。

横浜に行くには2番ホームに向かわねばならず、どうやら私はホームを間違えたようだ。

私は何食わぬ顔で本来いるべきホームへと移動した。

 

5時、無事横浜駅に到着した。

外は1時間に2㎜ほどの雨。

風が強かったが気温が高く、生ぬるくさえ感じられた。

 

待ち合わせ場所で待っていると、共にマラソンを闘うN師匠がお見えになった。

N師匠は私にバス乗り場を教えて下さり、一緒に富士河口湖行きのバスに乗り込んだ。

バスの中で師匠はお眠りになった。

昨夜は5時間ほどしかお眠りにならなかったらしい。

お忙しい中、昨夜は中華街まで引っ張り出してしまったことを少々申し訳なく思った。

 

師匠がお眠りになられている間、私はやることを済ました。

まずはゼッケンの装着

故郷・広島のサッカーチーム、サンフレッチェ広島の昨シーズンのユニフォームである。

故郷の力を借り、サブスリーを達成しようと思った。

 

次に天気の確認

曇りのち晴れ、気温はやや高め。湿度はあるけど風がない。

脱水症状に気を付けねばならないなと思った。

 

そしてエネルギー補給

いつもは朝食を摂らずにトレーニングに励んでいる。

だが、今日は42kmを全力で走るので、走る前にある程度のエネルギーを体に詰め込んでおく必要があると前々から思っていた。

そのため、今回はエネルギーゼリーでエネルギーを蓄える作戦を決行した。

 

最後に今日の作戦公表

35kmまでは余裕を持って走り、35km過ぎの下り坂でギアチェンジしてサブスリーを決めに行く計画。

調子が良ければ54分台も狙えるし、どれだけうまくいかなくてもサブスリーは確実に達成する作戦だ。

事前に十分な練習が積めていたので、8割がたサブスリーはできるだろうと余裕をぶっこていた(この後レースであれだけ大変な目に遭うとは…)。

 

やることを全部済ました頃、師匠がお目覚めになった。

そしていいタイミングでバスが河口湖ICで高速を降り、駐車場に到着した。

外は小雨がちらついていた。

 

駐車場で降りてすぐの小学校の体育館がレースの待機所となっていたので、師匠と共に体育館に入り着替えとトイレを済ませた。

トイレの順番待ちにかなり時間を取られ、時刻は既にスタート30分前。

エナジードリンクのモンスターを飲んでカフェインを体内に注入し、係りの人に荷物を預けた。

師匠と慌てて外に飛び出し、走って会場へと向かった。

この時走ったのが良いウォーミングアップとなった。

 

スタート会場にはスタート25分前に着いた。

まだスタートまで時間があったので、近くのお土産屋さんのトイレを拝借してすっきりしておいた。

 

Aブロックに並んだのはスタート20分前

割とギリギリだったが何とか間に合った。

 

スタート15分前

開会式が行われ、瀬古さんがオリンピックのマラソンの会場が札幌に変わったことを嘆いていた。

「IOCめ…」と恨み節をさく裂させていたのがめちゃくちゃ面白かった。

 

スタート5分前

目の前で並んでいた外国人の男性と目が合い、お互い頑張ろうぜ的なことを言おうとしたが上手く英語で言えなかったので無言でエール交換した。

そして、急に強い雨が降ってきた。

 

そしてカウントダウン。

5、4、3、2、1、スタート!!!!!

サブスリーを懸けた戦いが始まった。

かめ
さぁ、いくぞ!!!

 

レース展開

0~10km

スタート直前に降った雨はやみ、ジメっとした空気を切り裂くようにスタートした。

体の動きは良く、どこにも異常はない。いい感じだ。

最初の1kmは4分8秒。

このペースで落ち着いて行こう、そう考えられる余裕があった。

 

そういえばサブスリーペースのペーサーはどこだ?

私はサブスリーペースで走っていたのだが、肝心のペーサーが見当たらない。

マジか…

ペースを落としてリズムを崩したくはなかったので、ペーサー探しはやめて自分の力でペースを作っていくことにした。

 

アップダウンは中間点を過ぎたあたりだけだと思っていたのだが、序盤からかなり大きなアップダウンがあった。

勾配は2~3%ぐらいだったが坂の距離がいちいち長く、上っては下り上っては下りの繰り返しで足が削られまくった。

とはいえ、序盤なのでスピードダウンすることもなく、最初の10kmを41分58秒で通過した。

サブスリーペースから32秒のリードを得た。

この時点で161位。

 

10km~ハーフ

13kmを過ぎたあたりでサブスリーを目指す集団に吸収され、抗わずついていくことにした。

集団走は楽だった。

風よけのおかげで空気抵抗を受けずに走ることができ、人についていくことでペースメイクするエネルギーを使わずに距離を稼げたので、ものすごく心にゆとりができた。

とはいえ、集団の中にいたため給水には苦労した。

なかなか集団の外側に出られず、給水するためちょっと引き返さねばならなかった場面も1度あった。

だが、そのデメリットを差し引いても有り余るメリットを享受したかったので、私は集団の中に隠れてレースを進めて行った。

 

アップダウンの影響で多少ペースが乱れたが、おおむねサブスリーペースをキープできた。

心拍数も全然上がっていない。足も大丈夫。

サブスリー、行けるんちゃう??

 

20km通過は1時間24分28秒。中間地点通過は1時間29分3秒。

サブスリーに対して57秒のリードを得て後半戦に入った。

この時点で145位。10km通過時より16位上がった。

 

ハーフ~30km

道路の横に立っていた瀬古さんに手を振り、激坂の手前で気合いを入れてもらった。

そこでやる気スイッチを入れてエンジン全開。激坂区間に突入した。

 

サブスリーを目指す集団は坂に慣れていなかったのであろうか?

気が付いたら私の周りには誰もおらず、みるみるうちに私から後れを取っていた。

そりゃそうか、私は勾配7%の坂をキロ5分切って上ったんだから誰もついてこれるはずない。妙に納得した。

今まで札幌で激坂トレーニングを積んできたが、勾配20%やそれ以上の坂を全力で走る訓練を行った経験がある。

なので7%など坂のうちに入らなかった。

ここにおいて訓練の成果が発揮されることとなり、坂道区間の1kmは4分52秒で通過した。

 

坂を駆け上がったらトンネルをくぐってすぐ下り坂。

ここでサブスリーペースへと復帰し、リズムを整えて今まで通り走った。

集団は坂で崩れてしまったので単独走。

集団で走れないのは残念だが仕方がない。一人でペースメイクし、淡々とラップを重ねていった。

 

キロ4分15秒で走っていると、25kmを過ぎたあたりで右ふくらはぎに衝撃が走った。

痙攣(けいれん)である。

止まりたくはなかったのでミッドフット着地をリアフット着地に変え、ふくらはぎをちょこっとずつ伸ばしながら走った。

すると、300mほど走ったところで痙攣はおさまった。

だが、これより後、1kmごとに右ふくらはぎが痙攣する事となった。

原因はよく分からなかった。

いつもなら痙攣する足は左の方なのだが、今日はいつもとは逆の足。

なんでだ?なんでだ?なんで…

かめ
あぁイテテテテ!!

生き地獄であった。

 

30km通過、2時間7分15秒。サブスリーペースとのリードはわずか15秒!

この時点で105位。

 

30km~40km

足の痙攣が治まったかと思ったらまた痙攣。

治ったらまた痙攣。

心が折れて歩いてしまいそうであった。

もう無理…!やめたい…!

弱い心が襟元から顔を出していた。

 

だが、それでも踏ん張って粘れたのは、この日のために今まで積み重ねてきた練習やレースを思い出したからであった。

  • 1時間10㎜の豪雨の中インターバル走をしたこと
  • 獲得標高850m以上の坂道練習をこなしたこと
  • キロ4分15秒で35km走をしたこと
  • 白山白川郷ウルトラマラソンを60km棄権で終わってしまったこと

他にも様々な苦難を乗り越えてきたことを思い出したからだ。

今まで苦しい思いをして走力を上げる練習を積み重ねてきた。

しかも、今日は30kmを過ぎてもなおサブスリーペースで来ている。

それなのに、今この瞬間弱い心に負けてペースを落としてしまったら今までの努力が全て水の泡となってしまう。

それが恐ろしくもあり、また悲しくもあった。

 

ゆえに、1kmごとに悶絶するような痙攣を起こしてもペースを緩めることはなかった。

むしろ、30kmからは開き直ってペースを上げた。

30~35kmの5kmはこの日最速の20分45秒。

35~40kmでは21分40秒と失速したものの、開き直ったことで何がなんでもサブスリーを達成してやろうという覚悟が一層大きくなった。

 

40km通過、2時間49分40秒。サブスリーとのリードは20秒!!!

この時点で82位。

ペースアップにより多くのランナーを抜き去った。

かめ
あとちょっと!!

 

40km~42.195km

40kmを過ぎた時、一度冷静になり、あと2kmをどれだけのペースで行けばサブスリーできるのかを計算した。

すると、2.2km(簡単のために2.2kmとして計算した)を10分だから、1km4分半ペースで行ってもサブスリーできると分かった。

4分半なら余裕。行けるっ!

そう思った瞬間、左ハムストリングに痙攣が生じた。

気持ちを緩めてしまうからこういうことになる。自業自得だ。

 

こうなるとキロ4分半ですらきつくなってきた。

足の蹴り出しが使えず、全く体を推進できないのである。

ゆえに、腕を振り回して推進力を生みだすことにした。

腕だけはまだエネルギーが有り余っていた。

なのでなりふり構わず腕を振り回し、がむしゃらに前へ前へと進んでいった。

 

何が何でもサブスリーしてやるんだ。

”3時間1秒でゴールしました”とか絶対イヤやもん。

意地でも2時間台でゴールしたる。

帰宅部ランナーの意地とプライドを見せたるわ…!!!

 

遠くの方に3時間前にスタートした会場が見えてきた。

やった、ようやくゴールだ…!

するとここで大会公認のサブスリーペーサー2名が私の両脇から追いついてきているのを見物のお客さんが見て、

見物人
お兄ちゃん、3時間のペーサーが後ろに来とるよ!

と教えてくれた。

(マジか、ヤバイやん!)

そう思って少し加速した。

 

加速もむなしくペーサーが私に追いついてきたが、

ペーサー
最後、出し切りましょう!

と言ってくれた。

めっちゃええこと言うやんと冷静に感動し、300mほどの渾身のラストスパートを決め、ゴールになだれ込んだ。

 

ゴールタイムの2時間59分23秒という数字を見た時、一瞬頭が真っ白になった。そののち、大粒の涙があふれてきた。

サブスリーできた喜び苦しいレースからの解放感が渦潮のように混ざった、何とも形容しがたい気持ちであった。

 

完走メダルを小学生に首にかけてもらい、天然水とバナナとコッペパンを受け取ってようやくレースが終わった実感が出てきた。

あぁ、終わったんだ、良かった…

サブスリーを達成した実感はなく、サブスリーしたのはまるで他人事のようだった。

 

レース後

レース後、待ち合わせ場所周辺でふらふらしているとN師匠の姿が見えた。

師匠は私より10分以上早くゴールしたらしい。とんでもない化け物である。

”サブスリー達成しました!”と報告すると、笑顔で「よくやった!!おめでとう!!」とほめて下さった。

ちなみに師匠はラン歴5年目。ベストタイムはフル2時間39分台。陸上経験はなく、30代になってマラソンを始められたそうだ。まさに、化け物である。

師匠と共に荷物を預けた体育館へと戻り、着替えて少しゆっくりした。

そしてまずTwitterで結果発表をした。

想像以上に私の通過タイムを追って下さっていた方が多く、投稿した途端祝福の嵐であった。

両親にも報告した。

ランナーである父は”次はサブエガやな!”と言い、母は”おめでとう”と言ってくれた。どっちも嬉しかった。

 

インスタにもラップ表だけ投稿した。

すると白山白川郷ウルトラマラソンで出会ったランナーさんや他の方からも沢山のコメントが届いた。

反響の大きさから、サブスリーを達成するっていうのはこれほどまでにすごいことなんだなぁと感じた。

北大に合格した時より周囲の反響が大きく、正直言ってかなり戸惑っている笑。

 

師匠と河口湖まで戻り、軽く記念撮影をした。

また、紅葉がきれいだったので河口湖の写真を撮った。

 

師匠とここで何を食べるかを相談していると、二人とも内臓をやられていて固形物を食べられないことが判明し大笑いした。

そこで、アイスクリームなら食べられるだろうという事でアイスを買って食べた。

このアイスクリームは、今まで食べたアイスの中で一番おいしかった。

アイスの氷の粒が体の細胞レベルまで染みわたるような感覚を味わい、疲労がどこかへ吹っ飛んでいった。

 

ゆっくりしていると時刻は14時を過ぎていたので、師匠と共に横浜行きのツアーバス乗り場へ行くことにした。

そして、乗客が揃った15時半にバスは出発し、富士河口湖を後にした。

 

結局富士山が一度も見られなかったのはすごく残念だった。

だが、サブスリーできた喜びはその何倍も大きく、達成感に包まれて帰ることができた。

もう一度参加したいかと聞かれたら、「参加したい」と答えるであろう。

 

ハラハラドキドキのドタバタ帰宅劇

バスは高速道路を利用したのだが、高速道路が事故渋滞を起こしており13kmの渋滞に2度引っかかる事態となった。

別に焦らなくてもいいじゃないか、そう思うかもしれない。

レースが終わったのだから、ぐっすり寝ていればいいじゃないか、その通りである。私だってできればそうしたかった。

だが、

  • 翌日の朝10時半から大学の期末試験を控えており
  • 本日20時発の帰りの飛行機に乗り遅れたら一巻の終わりである

という事が少しでも頭によぎった場合を想像して欲しい。

そうすればバス内での私の心情を理解していただけるであろう。

飛行機に乗り遅れたら単位を落としてしまう。

たとえサブスリーしようと、学業をおろそかにしてしまったら私は人間失格である。

ゆえに、渋滞に巻き込まれる不運を呪いつつ、1秒でも早く横浜駅に到着することを願っていた。

 

河口湖から横浜まで、渋滞なしで2時間かかる。

渋滞でのロスタイムが1時間だとして、15時半に河口湖を出発したバスが横浜に到着するのは18時半。

その時間に到着すれば大急ぎで空港に向かって20時発の飛行機に間に合うが、もっと渋滞がひどくて横浜着が19時となってしまえばもうOUTである…

頼む、間に合ってくれ!!!

3時間も全力で走った後なのに、全く気が抜けなかった。

 

思いが通じたかのようにバスは18時半に横浜駅に到着。

そこでN師匠と日本で一番早い”よいお年を!”の挨拶を交わし、それぞれの道へと歩みを進めた。

そこから足を引きずって全力で京急の改札へとダッシュし、京急に飛び乗り座席に鎮座した。

20分ほど電車内で鎮座しているうちに空港に到着し、再びダッシュして保安検査場を通過した。

保安検査場締め切りの10分前、意地で滑り込んでやった…!!

スマホで師匠に”飛行機に間に合いました!”と報告を入れようと思っていたら、スマホにANAよりメールが届いていた。

マジ???

引き返されたら明日テスト受けられへんやん。

どうしよう…

続けざまにメールが届いた。

これなら焦らんでもよかったやん…

でも、多分この飛行機は千歳から来た飛行機だと思うし、つまり新千歳は使用機到着が遅れるほどの悪天候だったってことやろ…?

大丈夫かな?無事着陸するんかな?

不安になっても仕方がない。私の力で解決できる問題ではないからである。

それは分かっていた。だが、不安しかなかった。

機内に案内されて席に着席した時も、気が張っていて全く眠れなかった。

疲れているはずなのに、朝より脳が覚醒していた。

いくら機内のCAさんが笑顔でおもてなしして下さっても、千歳に着陸してくれることが私の第一の願いだったので、頭の中は

かめ
”着陸しろ!””着陸しろ!””着陸しろ!”

という思いで占められていた。

 

岩手上空で気流の影響で大きく揺れた。

これは引き返すパターンなのかと思い絶望した。

だが、機体が無事降下を開始してちょっと安心し、千歳の滑走路に着陸した時すべてから解き放たれた。

明日テストを受けられる!

そう思い、サブスリーを達成した時と同じぐらいうれしかった。

 

飛行機を降り、バス乗り場へ行き札幌行のバスに乗り、降りてから歩いて家まで帰った。

家のドアを開けたのは午後11時半。

眠りについたのはその1時間後。

長い長い一日であった。

 

P.S.

本日、無事期末試験をやっつけてきた。

単位も多分ゲットできるであろう。

昨日月曜のテストの出来は最高で、今日のテストもやれるだけやったので大丈夫だと思う(そう信じたい)。

 

色々ありすぎて疲れたので、しばらく休もうと考えている。

以上で富士山マラソン2019の体験記を終了する。

最後まで読んでくださった親愛なる読者様に感謝申し上げたい。

かめ
最後までお付き合い頂きありがとうございました!!



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ABOUTこの記事をかいた人

馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。