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#32 エネルギーの『一極集中』|えちご・くびき野100kmマラソンまであと126日

#31 沖縄100Kには出られない。目標を変更します|週間走行距離93km

2024-06-02

 

幅広くかいつまむ事が当たり前な現代人に違和感

私は北大に入ってから今日に至るまで、友達を一人しか作れませんでした。知り合いなら沢山できたのだけれども、”コイツとなら腹を割って話せるかな”という関係を築けたのはわずか一人。周りにいる同世代の学生があまりに薄っぺらく見えてしまうのです。上下年齢問わず、話していても深みを感じず、面白くなくて魅力を見出せません。友達になりたいという気にさえならなかった。そのせいでしょうか。北大では部活にもサークルにも入らず、ただ一人でひたすらランニングに打ち込む日々を送っていたのです。

一体どうして周りの学生に深みを感じられないのでしょうか?自分も大して深みのある人間とは言えないけれども、そのような自分に薄っぺらく見える周囲の人間に深みは無いでしょう。学部時代、彼らの言動を傍でじっくり観察していたら一つ、ある事実に気付かされました。そう、極めようとしないのです。一つの物事へ徹底的に打ち込むのではなく、幅広く様々な経験をして、それでもって”よし”としているみたい。ネットで色々と調べてみた所、上辺だけさらって深掘りせず満足するのは現代人の典型的特徴だと分かりました。私の周りだけに限らず、日本全体の若者世代に当てはまる話らしい。

物事を上辺だけさらって済ますのは簡単。しかもそれが一番楽しいから困る。習熟度を0%から30~40%に引き上げる過程は努力すればするほど報われるステージ。出来なかった・知らなかったことが一つずつ己の血肉になっていく充実感を覚えられるでしょう。しかし、それから先は大変。40%を60%にするのはまだ楽だけれども、60%を70%に、そして80%へと引き上げる過程は過酷を極めます。コスト・パフォーマンス (コスパ)重視の現代人は『どうしてそんな大変な思いをしてまでレベルアップしなくちゃならないの?』と考えるのかな。辛い思いをするぐらいなら辞め、他のことをしたほうが楽しくない?…と。

損切りだって時には必要。でも、損切りするのはひと粘り・ふた粘りした後でなければなりません。最初から”40%で良し”としていたら損すらせず次へと移ってしまいます。何が損で何が得なのか分からぬまま時間だけが過ぎるのです。物事の本質や価値を見抜く目が一向に養われません。それでも良いのかな。社会の一員として生きていく上で結構危ないだと思うのだけれども…

 

人生の最後に「あぁ、コスパの良い人生だったなぁ…」と感慨に耽られるわけがない

私は何事も極めるのが好き。上辺だけさらって済ませるのではなく、奥まで掘って掘って掘りまくってどこまで掘り下げられるか試しているのです。当然、コスパは非常に悪い。なんせ習熟度90%を91%へ、そして92%にしようとしているわけだから。40%でOKとする人間には到底理解できぬ生き方。周囲の人も戸惑っていたのではないでしょうか?『あの人、いつまで同じことを続けているのだろう…』と。自分はこうした泥臭いライフスタイルに充実感を覚えられるのです。上辺だけで済ます生き方は耐えられない。穴があったり掘り下げたい、道があったらどこまでも走っていきたい性分。

コスパやタイム・パフォーマンスを重視する方にひとつ、昔からどうしても聞いてみたかった質問がひとつあります。「貴方は人生の最後、息を引き取る寸前に”あぁ、コスパの良い人生だったなぁ…”とこれまでの日々を振り返られるのですか?」と。辛い思いをしなかった、波風の立たない順風満帆だった人生の何処に感慨に耽る要素があるのでしょうか?…私なら見つけられません。”なんだかロボットみたいに人間味のない人生だったな…”と悲しくて涙が出てくるかも。『コスパ満点の人生だったな♪』と笑みを浮かべられるのなら構いません。死ぬ寸前になって『もう少し泥臭く頑張っておけばよかったかな…』と悔やんでも後の祭り。

どうせ死ぬなら充実感で胸をパンパンに膨らませてあの世に行きたいんですよ。90%を91%にするのは本当に大変だけれども、そうやって生きていたら死ぬとき、「辛かったけど楽しかったな。いい人生だったな…」と感慨に耽られるはずです。辛さに耐えながらもがき・苦しみ、解決策を見出す過程にかけがえのない価値があります、少なくとも私には。苦労して血反吐を吐き散らかしても諦めず、頑張った末に報われたとき味わえる快感は人生の最高の肥やしに。

 

手段を目的化してはいけない

幅広く経験するのを重視する人間が増えたのは、堀江貴文さんが【多動力】という本を出版して以降の話。私もあの本を大学一年生とき読みましたが、世間の大半の人間が内容を誤って理解しているなと感じました。幅広く手を出すのが重要なのは、自分が情熱を注げる対象となるべく早く出会うため。ひとたび興味の対象を見つけたらそれに飛びつき、猛烈に打ち込みなさいと著者は言っています。多動は好きな対象を見つけるための手段。目的ではありません。とっかえひっかえしていたらスキルが一向に蓄積されません。

我々凡人は何かを達成したいとき、己の有する全てのエネルギーを一か所に集中させなければなりません。最大限の成果を得るために他の一切を切り捨て、犠牲にして一定期間過ごす必要が。天才が片手間にできることでも凡人は本気で掛からねばこなせません。天才と凡人とでは能力が段違い。天才を少しでも上回るべく、能力を最大化するため資源の局部集中を図るのです。こうした一極集中型の人生を送る私と上辺だけでOKな現代人とでは相性が悪い。友達ができなかったのも道理。今後の人生でもできないのかなぁ…と寂しくなってきます。

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今週の練習

  • 6/3 (月):90分ジョグ (4’42″/km)@ライトレーサー5
  • 6/4 (火):75分ジョグ&橋ダッシュ5本 (4’24″/km)@ライトレーサー5
  • 6/5 (水):120分セミロングジョグ (4’40″/km)@ウエーブライダー27
  • 6/6 (木):オフ
  • 6/7 (金):80分ジョグ&橋ダッシュ5本 (4’32″/km)@ライトレーサー5
  • 6/8 (土):150分ロングジョグ (4’38″/km)@ウエーブライダー27
  • 6/9 (日):オフ
    週間走行距離113km

 

6日 (木)、えちご・くびき野100kmマラソンにエントリー。沖縄100K2022以来、2年ぶりのウルトラマラソン挑戦に。エントリー代が高すぎる泣。手数料込みで23,000円オーバー。エイドの数を半分に減らしてエントリー代を安くしてもらえないかな。さすがに100kmで49か所も必要ないでしょ… まぁ、いいや。もう払っちゃったし。値段の分だけ楽しんで元を取る作戦に頭を切り替えよう。

エントリーで気合が入ったのか、金曜の練習でスピードを出し過ぎてしまいました。そのせいで右足のふくらはぎを損傷。翌日は無理してロング走へ。最初は足が痛くなかったものの徐々に痛くなってきて、160分の予定を10分切り上げてフィニッシュ。日曜現在、まだ痛みが引かぬ状況。親指が地面を離れる瞬間が一番痛いです。治るまでちょっと時間がかかるかも。最短4日、最長1週間は安静にしておく必要が。調子に乗り過ぎなければ良かったな…金曜早朝にタイムスリップしたいほど後悔の残る練習になってしまいました。本当は日曜、筑波山に登る予定だったんです。ココで無理したら足の状態を余計に悪くしてしまうので登山を見送りました。

 

来週の練習計画

  • 6/10 (月):オフ
  • 6/11 (火):オフ
  • 6/12 (水):オフ
  • 6/13 (木):オフ or 60分ジョグ
  • 6/14 (金):オフ
  • 6/15 (土):オフ or 80分ジョグ
  • 6/16 (日):オフ or 90分ジョグ

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