私は札幌に住む現役理系大学院生(修士)である。
小4から一浪までの10年間、乗馬をやっていた経験がある。
この記事では、せっかく10年間もやってきた乗馬をやらなくなった理由について自己分析していく。
私自身、この記事を書く前まで乗馬をやめた理由についてあまり深く考えてこなかったので、この記事を作成する過程でやめたキッカケが具現化してくれたらいいなぁという願いを込めて作成するに至ったのである。
それでは早速始めよう。
Contents
10年間続けてきた乗馬をやめた理由
過去の栄光から解き放たれたかったから
私は中3から高3まで4年連続で国体に出場した。
中3での国体優勝を始めとして、計8回の入賞経験がある。
優勝できたのは一度だけなので実力で掴み取ったものではないかもしれないが、それでも8回入賞したことは紛れもない事実である。
そしてこうした過去の実績は、私の背中に重くのしかかってきた。
私は割と思い込みの激しいタイプであり、一度全国優勝してしまうと”また優勝して当たり前”と考えてしまう傾向があった。
自分で自分の首を絞めてしまい、自分の良さだった思い切りの良さがみるみるうちに消え去ってしまったのである。
ミスを恐れて安全策をとった結果として大失敗してコーチに怒られたことなど数えきれないほどあるし、(失敗してもいいや!)と開き直って全速力で走ってみても全く思い通りに走れなかった。
下手になってしまったのは自分の練習不足も原因だが、過去の栄光に身も心も縛られてしまって国体優勝以降は馬に乗るのが以前よりそれほど楽しくなくなってしまったのである。
私が乗馬をやめた一つ目の理由は、乗馬自体を辞めることによって過去の栄光からも解き放たれたかったためである。
乗馬を辞めずに過去の栄光だけ脱ぎ捨てられたら一番良かったのであるが、そんな器用な事ができるならば現役時代にとっくにできていたはずなので乗馬を辞めるしかなかったのである。
今まで積み上げてきた全てのものをかなぐり捨てるのは非常に勇気のいる行為だったし、乗馬を辞める!と決心してからは(本当にやめて良いのか…?)という葛藤と戦い続ける毎日だった。
結果的に馬の道を諦めきれず馬術部へ入る事になるが、馬術部でも過去の栄光の存在に縛られて苦しくなって9か月で辞めてしまった。
自分の限界が見えて頑張る気力がうせてしまったから
国体に4年間も出させてもらっていると、自分とトッププロがどれほど次元が違うか嫌というほど実感させられた。
国体初出場だった中3の時は恐れ知らずだったので何でもできる気がしていたが、高1,高2と年を重ねるにつれて自分より遥かに技術力のある選手の存在に徐々に気が付いていったのだ。
きっと彼ら超上手い選手たちも普段は血のにじむようなハードな練習をこなしているのだろう。
しかし、文字通り血をにじませながら練習をしてきた私が(こんな人たちの中では勝負できないな…)と絶望するぐらいだったので、おそらくセンスの時点で大差がついているのだろうと結論付けざるを得なかった。
自分が猛練習を重ねてもトッププロにはなれないと感じてしまい、馬の道で生きて行きたいという淡い希望が完全に消え去ってしまった。
神の領域で戦う選手たちを目の当たりにし、自身のあまりの下手くそさ・卑小さに赤面してしまった。
自分の限界が見えてしまい、もうこれ以上頑張れなくなってしまった。
ここで諦めず練習を続けていたら少しは上手くなっていたのかもしれないが、大して技術もないクセに無駄にプライドの高い変なおっさんになっていただろうから辞めて正解だったと思っている。
大学生の時、私は高校時代に不合格になった京都大学へのコンプレックスで頭がおかしくなっていた。
そして、もし今も乗馬を続けていたら、自分の目の前で好走して結果を出す選手たちに嫉妬して頭がおかしくなっていただろう。
私は自分のキャパでは掴み取れない目標設定をしてしまう事が多々あって、全力を尽くした末に目標を達成できず、いつも何らかの不満を抱えていた。
やるからには全国一を目指して戦いたいが、私の技量では到底かなわぬ目標なので、潔く身を引いて別の道を進むべきだと考え、10年間続けた乗馬を辞めようと思ったのであった。
自分で見つけた新しいことにゼロからチャレンジしてみたくなったから
私が乗馬を始めたきっかけは、小学4年生のゴールデンウィークに母が体験乗馬へと連れて行ってくれたことである。
つまり、乗馬は自分で見つけた対象ではないし、続けさせてもらえたのも親のおかげなのである。
乗馬クラブへの行き帰りを毎回親にやってもらった上に、決して少なくない乗馬費用を10年間払い続けてもらった。
親だけではなく、指導をしてくれたコーチ、馬の世話をしてくれた厩務員さん、その他大勢の支えがあって私の乗馬生活は成り立っていた。
大学に入り、何か新しい事をするチャンスだと思い、私は実家・広島から持って来ていたボロボロのランニングシューズでランニングをすることにした。
ランニングを始めたのは自分の意志であり、ランニングにかかる全ての費用はバイトによる収入で賄っている。
また、今までは馬に乗って走っていたので当然ながら陸上経験ゼロからの挑戦である。
過去の栄光が全く役立たぬフィールドに飛び込んでみて身も心も非常に軽く、自分の体を基礎から”調教”する毎日は非常にエキサイティングである。
もしランニングで何か栄光を残してしまうと、それがまた私の背にのしかかって辛い思いをしてしまうのかもしれない。
ただ、ランニング中はそんな事を気にしていられないほど苦しいので、たとえ私がスーパーランナーになったとしてもプレッシャーを感じるようなことはないだろうと思っている。
乗馬と違って趣味&健康維持の一環で行っているランニングは心底楽しくて飽きないし、ゼロから思い切って始めてみて本当に良かったと思っている。
私の目標は一生走り続ける事なので、これからもケガに気を付け元気に笑顔で駆けていきたい。
乗馬をやめて一切後悔していません
乗馬を辞めたら未練が残っちゃうかなぁと懸念していたが、そんな心配は杞憂に終わった。
今では全く後悔していないし、昔の実績に縛られない毎日は活き活きとして幸せに満ち溢れている。
とはいえ、10年間の乗馬経験が無駄になったかというとそんな事はない。
- 全国優勝目指して歯を食いしばって練習したおかげでめちゃくちゃ根性が身に付いたし
- 再度優勝するためがむしゃらに練習する過程で向上心が芽生えたし
- ランニングに役立つ体幹力が養成されたし
- 咄嗟の自体に動じない臨機応変力が得られたし
お金では買えない様々な能力を馬から鍛えてもらった10年間だった。
乗馬をやってよかった事は100個ぐらい挙げられるけれども、乗馬をやらなきゃよかった…などと後悔する理由は正直1つも挙げる事ができない。
私の偏屈な性格ゆえに乗馬と距離を置いた方が良いという結論に達しただけで、できることならもう少し続けたかったなと思うほどである。
最後に
私が10年間続けた乗馬を辞めた理由は以上である。
いつの間にか乗馬を辞めてしまい、自分でもどうして辞めたのかハッキリと分かっていなかったのだが、この記事を書いている過程で辞めた理由を言語化できたので、本記事を作成してみて良かったなぁと感じている。
以上です。
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