【さすがに無理だ】英検一級取得を諦めた5つの理由

私は現役北大院生(修士)である。

大学1年次の3月に英検準一級を取得し、それ以来、英検一級の合格を目指して日々英語学習に邁進してきた。

そして先日、ついに私は一級取得を断念することにした。

この記事では、私が英検一級の取得を諦めた5つの理由について話していく。

英検一級取得を諦めた5つの理由

暴力的な語彙量にあっぷあっぷだったから

最初の理由は、英検一級合格に不可欠な英単語暗記が全く捗らなかったためである。

単語帳に載っている一つ一つの単語があまりに難しいため一晩頭にとどめておく事すら困難であったし、覚えても覚えても記憶から抜け落ちていく一方だったのである。

私は大学受験を二度味わっているため、物事を記憶する大変さを身をもって知っているつもりである。

しかし、英検一級の試験に必要となる語彙の暗記は大学受験の英単語や日本史の暗唱より数段上のレベルが要求されるため、ポンコツな私の頭では到底こなしきれなかったのであった。

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2021-02-04

 

私が40代や50代であればこれを記憶力の低下のせいにできるし、

かめ
年だから仕方ねぇなぁ…

と割り切る事も出来るのだろう。

ところが、私はまだピチピチの20代であるし、大学受験期という最盛期を過ぎたとはいえ日々の研究生活において頭を酷使しているから、頭脳のスペックは逓減していないと思うのである。

つまり、私の頭脳で英検一級に合格するのは不可能なのだ。

単語を覚えなければ問題を解く段階に達するのですら困難であり、粛然たる事実に直面した結果(自分には無理なのだろうな)と観念したのである。

 

上で40代や50代を例に挙げたが、そんな40代や50代でも合格を勝ち取った方がいらっしゃるのは良く存じている。

記憶力の低下を補う圧倒的努力をなされたのは本当に凄いと思う。

そして、私は人生がかかっていない限り何かに没頭する事ができず、あくまで趣味である英語学習に対してそこまでの情熱を注げないので、無理なら無理と諦めてしまうのである。

英検一級取得を諦めた理由の一つ目は、単語をなかなか覚えられなかったから、および単語を覚えるために必要な情熱を英語に注げなかったからである。

 

パス単と文単を覚えても過去問がほとんど解けなかったから

大学一年次に準一級を取得し、それから3年かけてようやく一級用の単語帳を2冊記憶した。

(さすがに少しは見える世界が変わっただろう)と期待して大学生協の一級過去問をパラパラと開いてみると、長文読解はまぁまぁ意味が理解できるようになっていたが、なんと大問1の語彙問題がほとんど分からなかったのである。

語彙問題を得点源にすべく3年かけて単語帳を暗記したのに、とどのつまり自身の狙いを全く達成できなかった。

全身の力が抜けてふにゃふにゃになり、あやうく生協の床にぶっ倒れる所であった。

 

“英検一級に合格した人でも大問1では分からない単語だらけだ”とどこかで聞いたことがある。

そりゃこんな難しい言葉だらけじゃ知らないのも無理はないし、正解を導き出すのに意味の類推が必要な点もしかと心得ていた。

けれども、いくら類推したって選択肢が2つまでしか絞り込めなかったし、一つも意味が想像できない小問だって数多くあった

かめ
なんでこんな難しい単語を知っているのだろう…?

一級用の単語帳を2冊記憶したのに見える世界が一向に変わらなかったのである。

 

よくよく調べてみると、確かに一級で出題される単語の大半はパス単に載っているのである。

それも、デカデカとではなく、かくれんぼをしているかのように小さくコソっと載っているのだ。

私はデカデカと載っている英単語しか記憶できず、関連語にまで手を回しきれなかった。

準一級は単語帳の隅々まで記憶しなくても合格できた一方で、一級合格にはそれを遥かに上回る手間と情熱と記憶力が必要だったのである。

もし一級の試験へパス単が持ち込み可であっても合格できたかどうか自信がない。本で検索している間にタイムオーバーとなるし、パス単に載っていない単語が出てくると意味を類推できないためである。

 

鍛えるべき能力が英語運用能力だけじゃ済まないなと悟ったから

準一級までなら大学受験のノリでどうにかなった。

本を読んでこなかった私には”教養”というものが皆無だったが、それでも準一は一次・二次共に最低点スレスレで突破できた。

これが一級となるとそうもいかない。

一級の問題

  • 時事系
  • 歴史系
  • 哲学系
  • 自然科学系

など様々なジャンルから出題され、パッと読んだり聞いたりしただけでは(何を言っているの?)と呟きたくなるグレードの高い文章が題材となっているためである。

 

仮に一級の長文問題や面接試験を日本語でやりとり可能だったとしても、おそらく7割は取れなかっただろう。

”教養が全くない”と危機感を覚えて大学生になってから本を読み始めたが全てのジャンルに食らいついていけるレベルには未だ達していないし、そもそも私はニュースを見ないので面接でよく問われる社会問題に関して何ら意見を持ち合わせていないためである。

英検一級を手中に収めるには英語運用能力以外の鍛錬も必要である。

こんな難しい試験をなぜ小学生が合格できるのか…余程すごい英才教育を受けてきたか、海外ではこんなの当たり前の素養として受け取られているかのどちらかであろう。

かめ
だからといって教養の習得を投げ出すわけではありません。北大の大学院生として必要な最低限の嗜みは卒業までにきちんと身につけるつもりです。

 

準一級取得に対し、資格の取得コスパが異常に悪いと感じられたから

趣味をコストパフォーマンスの観点から考えるのはあまり適切ではない。

そもそも趣味とはお金になりにくいコスパの悪いものであるし、人生を豊かにしてくれるものならば多少コスパが悪くとも度外視して楽しめるはずだからである。

それでもここでコスパを云々するのは努力の過程がもはや苦痛にしか感じられないため英語学習が趣味ではなくなってしまったからである。

準一を取った時は一日の英語学習時間が1時間以内だったのでまだ趣味の域を出ないでいられた一方、一級合格に向けて専心していた時は2時間以上勉強した日もざらにあり、おまけに日々前進している感覚が全く得られず、暗中模索しながら不安な毎日が続いていたのであった。

 

一級をどうしても手に入れたい確固たる動機があれば多少の苦痛は許容できる。

受験生時代は大学受験合格を目指して1日10時間以上勉強できたし、晴れて北大生となった今では(あの時勉強しておいて本当に良かったな)とつくづく実感している。

ところが、英検一級に関しては

  • そこまでの犠牲を払ってまでやるべきことなのかな…?
  • 青春の代償にいったい何が得られるのだろうか…?

という風にやり甲斐をあまり感じられなかったのである。

自分を大きく見せたいがために一級取得を目指しているので心から勉強を楽しむことができないでいたし、世間では英検よりTOEICをもてはやす傾向にあるから一級を取っても承認欲求すら得られない。

 

ハッキリ言う、一級取得はコスパが悪い

大学受験で作った貯金によって易々と取得できた準一級はコスパ最高のお買い物だったのに対し、一級は自分にとって趣味の域を超越してしまう天空の存在であるため極めて効率の悪い資格である。

「コスパが悪い!」と言えるのは一級を取った人だけの特権かもしれないが、これだけ努力しても埒が明かないなら私にも多少は言う資格があるだろう。

このまま一級合格を目指すより、大学の第二外国語で習ったスペイン語の能力を英検二級レベルまで高める方が手っ取り早い気がするのである。

 

官僚の天下り団体へ”貢いでいる”みたいでイヤな気持ちになったから

英検を主催している日本英語検定協会は文科省御用達の天下り団体である。

つまり、我々が支払った高額な受検料はお役人さんのポケットへと収納されるという事である。

公営財団法人なので金儲けが主目的ではないが、結果的には大いに儲かっているようだ。

我々が何度も試験にチャレンジすればその分だけお役人さんのお財布が重たくなるし、キャバクラとは違っていくら貢ごうと勉強しなくては何の見返りも得られない。

 

準一級を取った時はここまで考えはしなかった。

しかし、一級取得に向けて少しずつ世間に目を向けるにつれて、嫌でもこの事実に直面せざるを得なくなった。

しまいには

  • なんでわざわざ辛い思いして勉強しているのに貢がなアカンねん
  • 何かアホくさくなってきた…

勉強を続けるモチベーションが完全消失してしまった

今後英語学習をするのであれば資格のためではなく、(洋書を読みたいから)とか(日本語では味わえない世界を経験したいから)とかいった心の底から湧き出る好奇心によって行いたいなと思う次第であった。

 

最後に

私が英検一級取得を諦めた理由は以上5つである。

まとめると、

  1. 語彙を頭に入れるので気力を使い果たしたから
  2. 一級用の単語帳を2冊覚えても語彙問題がまるで解けなかったから
  3. 英語運用能力以外にも鍛える必要性を感じ、英検にそこまでの情熱を注げないと思ったから
  4. 準一取得より明らかにコスパが悪かったから
  5. 天下り団体へ貢ぐのが不快だったから

以上5つがその理由である。

今後は英語学習ではなく英語”で”学習したいと考えている。

幸いなことに一級合格に向けた勉強の過程でかなりの語彙力が身に付いたので、その語彙力を使い、大学院では先行研究の調査、私生活では洋書や英語で作られたYouTube動画の視聴に力を注ぎたい。

 

試験を一度も受けずに一級を諦めたのは大変遺憾である。

しかし、時にはスパッと身を引く潔さも必要だと思っている。

努力するフィールドを間違えては何もなしえぬ人生になるし、これ以上片想いを続けてもおそらく徒労に終わってしまうだろう。

撤退ではない、転進するのである。未来の栄光へ向けて。

 

以上です。

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。