【圧倒的大自然!】沖縄100Kウルトラマラソン2018 体験記

レース2日前(金)

Plan

・8:45-10:15 北大で1限を受ける

・12:30-13:30 札幌→新千歳空港(JR)

~昼食・読書・リラックス~

・17:30ー19:10 新千歳→羽田(ANA)

・20:00-22:45 羽田→那覇(ANA)

1限に大学で必修授業があったため、すぐさま沖縄へと向かいたい気持ちを抑え大学の授業を受けた。

授業終了後、急いで家に帰り沖縄へ旅立つ支度をした。

 

12時ごろに家を出た。

外は快晴。雲一つなく、非常に気持ちの良い陽気の中ルンルン気分で地下鉄の駅へと向かった。

札幌駅で地下鉄を降り、快速エアポートに乗り新千歳空港へ。

すると突然空港が猛吹雪に包まれた。

新千歳空港のフードコートからは通常くっきりと滑走路が見えるのだが、当日は滑走路にいるはずの飛行機が目視できないほどの大雪であった。

かめ
飛行機、飛ぶの…?

嫌な予感がした。

 

こういう予感は大概当たるもの。

15時少し前、私はANAより以下のようなメールを受け取った。

かめ
も~…なんて日だ!!

航続の便に振り替えてもらうため、メールを受け取った瞬間ANAカウンターへ猛ダッシュ。

だが、私がANAコーナーにたどり着いた時にはカウンター前に長蛇の列ができていた。

 

2時間ほど行列に並び、ようやく列の先頭に。

かめ
今日中に沖縄に行きたいです。20時の乗り換えに間に合う羽田行の飛行機に空席があれば、その便に振り替えてもらうことはできませんか?
ANAの係員さん
少々お待ちください…たった今1席キャンセルが出ましたのでお席を確保できます!中央席になりますがよろしいですか?

かめ
はいっ!その便に乗りたいです!席はどこでも構いません!!!

こうして私は18時発羽田空港行きの便の席を確保することができた。

しかし、トラブルはまだ続いた。

なんと18時に千歳を出発すべきの使用機が雪のため遅れて千歳に到着しまったのである。

私が乗った飛行機は18時10分に新千歳に着き、最終的に18時30分に出発した。

私が羽田に着いたのは那覇便が出発するのと同刻の20時であった。

 

振替便が見つかっただけでも感謝せねばならない。

しかし、暑熱順化のため金曜日中に那覇に行きたかった私は大いに落ち込むこととなった。

 

飛行機を降りてすぐの所でANAのスタッフさんが私を待っていてくれた。

そのお姉さんと一緒に私はANAカウンターへと向かい、乗り換えできなかった便を土曜朝一番の便へ振り替えて頂いた。

そして親切なことに、本日泊まるためのホテルの予約までして頂いた。

私の頭の中では完全に野宿するつもりだったので、ホテルの予約までして頂き涙が出そうだった。

かめ
きれいなお姉さん、ホントにありがとうございました!

22時頃羽田の駅から京急線に乗り、ウトウトしながら平和島まで乗車。

そこから徒歩10分でホテルビジネスヴィラ大森に到着。

チェックインして部屋に入ると壁紙のボロさが目についた。

だが、一晩泊まるだけなのだからこれぐらい別に気にすることでもないだろうと思い、シャワーを浴びてリラックスすることにした。

 

そして一日を軽く振り返り消灯。

長い一日だった。


レース前日(土)

Plan

・5:00 起床、羽田空港へ

・8:05-10:30 羽田→那覇(ANA)

~国際通り周辺を観光~

・15:00 チェックイン

・17:00 夕食

・18:30 消灯

5時に起床。

シャワーを浴び完全に目を覚まし、荷物の支度をした。

5時半にホテルをチェックアウトし平和島駅へ。

30分ほど京急に揺られ、羽田空港に到着した。

 

早朝はあまり開いている店がなかったので、空港内を散策することなく保安ゲートを通過。

8時の飛行機出発まで出発ゲート付近でひと眠りすることにした。

出航少し前に起床し、出発ゲートを通過。

飛行機に乗り再び爆睡。

前後左右度の席にも乗客がおらず、非常に広々と席を使うことができた。

 

10時半ごろ着陸の音で目を覚ました。

爆睡のおかげでだいぶシャキッとしたし、那覇空港の異国情緒ある雰囲気を見てようやく心が躍ってきた。

これから100km走る決意が改めて強くなった。

それとともに、少しでもこの旅を良いものにしてやろうとするハングリー精神が沸き上がってきた。

 

手荷物カウンターで荷物を回収。

その手荷物を抱え、11時にモノレールに乗り沖縄県庁前へと向かった。

改札を通ろうとするも、切符を通す場所がなく改札の通り方が分からなかった。

どうしたらいいのか分からず途方に暮れた。

あまりにも困ったので一度冷静になり切符をよくよく観察してみることにした。

すると、切符にデカデカとQRコードが印刷されているのを発見した。

そのQRコードを改札の読み取り機にあてると、あれだけ頑として開かなかったゲートがすんなりと開いたのである。

こんな近未来的な改札が日本に存在するんだ…私は深く感動した。

 

11時半ごろに沖縄県庁前に到着。

日差しが非常に強く、明日の暑さが思いやられた。

 

ホテルのチェックインができるようになる15時まで、私は国際通りをブラブラ見て回ることにした。

12時ごろにはハンバーガー屋さんで昼食をとった。

店の前の立て看板を見てこのお店は沖縄ならではの店なのだろう!)と勝手に思い込み入店した。

だが、いよいよ注文するとなった時、ドリンク欄に”ルートビア”がない事に気が付いてしまった。

かめ
あ、選ぶ店間違えた。どうしよう…?

店の中のいい匂いに負けてしまった私は、バーガーキングでの食事を決断した。

せっかく沖縄まで行ったのに全国チェーンで食事を摂るという大失態を犯したのは大変遺憾である。

ただ、食事自体は非常に美味だったため私は大満足であった。

 

その後もハブ酒屋さんや宝石屋さんなど色々なお店を見て回った。

そして15時になったのでホテルにチェックインした。

ホテルの名は”那覇グランドホテル”

名前の割には地味なホテルだが、立地の良さと1泊5,000円という価格に魅了され私は宿泊を決意した。

部屋の中はこんな感じ⇓

金曜に東京で泊まったホテルがあまりにもひどすぎたので、壁紙が破れていないという点だけで(めっちゃいいホテルやん!!)と思えた。

 

17時に夕食と朝食を買いにコンビニへ向かった。

おにぎりやサンドイッチ、ラーメンサラダにウイダーインゼリー。

レジ袋がはちきれるぐらい大量に食料品を購入した。

 

17時半に夕食タイム。

あまりお腹は空いていなかった。

だが、早く寝るためには致し方ない。

食べられるだけ食べ、少しでも多くのエネルギーを摂取し少しでも早く寝ておこうと考えた。

 

18時半に消灯。

このような時間には寝慣れていないのでなかなか寝付けなかった。

結局21時ごろになってようやく眠りにつくことができた。

寝るって難しいよね…


レース直前(日)

1時半に起床。

寝不足で若干ふらふらするが、今まで練習してきた分を無駄にしないため気張っていこうと自分を奮い立たせた。

 

2時に朝食開始。おにぎりとウイダーインゼリーをとった。

眠い中でこれ以上食べても気持ち悪くなるだけ。

土曜にたくさん食べたから大丈夫だと考え、気持ち悪くならない程度にご飯を食べておいた。

 

3時前にホテルをチェックアウトし県庁前のシャトルバス乗り場へ。

まだ真っ暗なのにもかかわらず、大勢のウルトラランナーが目をギラギラさせ集結していた。

男女関係なく非常に頑丈そうな脚をしており、見るからに強そうだった。

 

3時10分にシャトルバスへ乗り込みスタート会場へ。

会場の与那古浜公園には3時40分に到着した。

 

4時15分ごろ、50km地点の中間地点に送る荷物を預けた。

そしてハンディライトを受け取り”コース25kmあたりのエイドで回収します”と説明を受けた。

 

4時40分に整列開始。

8時間切り,10時間切り,12時間切り,それ以上という4つのグループ分けがなされていたので、私は10時間切りを目指す第二グループへ並ぶことにした。

そこから集団でスタート位置まで移動。

600mほど歩いて駐車場のようなスタート位置に到着した。

これから始まる100kmという長い旅路に思いをはせていると、あっという間にスタートのカウントダウンが始まった。

 

5,4,3,2,1、スタート!!

 

2018年12月16日午前5時。

2018年最後にして最大のチャレンジが幕を開けた。


 

レース(日)

Plan:抑えめに走り10時間以内にゴール

Shoes:ウエーブエアロ16

前半

煌々と照らされた与那古浜公園を後にし、支給されたハンディライトを片手に真っ暗闇へと飛び込んで行った。

スタートの興奮もあってか、周囲のランナーが私をとんでもないスピードで追い抜いて行った。

だが、100kmもあるのに焦っても仕方がないと思っていた私は周囲に惑わされることなく自分のリズムを刻むことに専念した。

 

2kmほどで海岸線へ。

湿度が高く、早くも汗をかき始めた

 

7.5km、最初のエイドだ。

スタートしてからずっとトイレに行きたかったので、エイドのトイレに一直線に駆け込んだ。

スッキリしてからエイドのスポドリを頂き、すぐに出発した。

 

13km地点で最初の激坂。

まだ真っ暗で体も目覚めていないというのに、高低差100mの激坂が私を大いに苦しめた。

これからこれと同じような激坂を何度も通過せねばならないのか..と一瞬絶望したが、

かめ
こんなえげつない坂、札幌じゃお目にかかれないよな。いっぱい坂走れてめちゃめちゃラッキーやん!!

と思う余裕もあった。

なので私は全く問題もなく坂を通過した。

 

16km過ぎに太平洋から太陽が顔を出した。

本当にこんな感じだった⇓

こんなきれいな日の出見たことがない…というほどくっきりと太陽が見えた。

走りながら鳥肌が立ち、大自然の圧倒的な力を感じた。

この日の出を見られただけでも沖縄に来た価値があったとすら思えた。

 

20km通過は1時間49分57秒。5’30″/kmペースを刻めている。

ナイスペース!!

 

20.8kmのエイドで再びトイレに駆け込む。

そしてエイドでミカンとバナナを頂きエネルギー補給。

走る時に食べるバナナってなんて食べにくいのでしょう…

 

エイドを出てから2kmほど走っていると、私は後ろから声をかけられた。

そこで少しだけ会話し、声をかけて下さったおじさんと並走することに。

同じようなペースで走っていたランナーも続々と私たちの前後にくっつき、7人程の集団を形成して先を進むことになった。

 

26kmあたりの奥武島では、高低図にないアップダウンがあった。

その下りでスピードを上げすぎ、1km5分というラップを刻んでしまった。

慌ててペースダウンし、再び集団にくっついて走った。

 

30km過ぎから2つ目の激坂。

高低差100mを上って下る。

帰りも同じ道を走るので、道の起伏を確かめておいた。

 

35kmのエイドではもろみ酢をゲット。

酸っぱさが疲労を紛らわせてくれ、かなり生き返った。

この時気温は20度越え。

暑さでダレていた中この酢は嬉しかった。

 

40km通過、3時間36分29秒。この20kmは1時間47分2秒。

相変わらず5’30″/kmペースで走れている。

少し速くなったのは誤差だとして、それよりも少しずつ痛み出した左足が気がかりだ…

 

その後集団はバラバラとなり、先ほど声をかけてくれたおじさんと並走した。

おじさんにコースのポイントを色々教えてもらいつつ、気が付いたら中間点に到着していた。

 

50km通過、4時間27分40秒。この10kmは51分11秒。

いくら何でも速すぎだ…特にペースを上げたつもりはないのだが、いつの間にかペースが上がってしまっていた。

過ぎてしまったものはどうしようもない。

飛ばし過ぎたことを反省し、レストステーションでおにぎりと果物を食べた。

そして預けておいた荷物から経口飲料水とVAAMゼリーを取り出した。

ゼリーに関してはその場で全部食べ、経口飲料水は飲みながら走ることにした。

 

後半

レストステーションを出てすぐ、左のハムストリングが痙攣を起こした。

原因はスピードの出し過ぎにあった。

レストステーションで元気になった私はキロ5分を切るスピードで走っていたのである。

かめ
ペースダウンペースダウン。まずは落ち着こう。

すると痙攣はおさまり今まで通り走れるようになった。

 

56km、今度は左ふくらはぎに刺されたような鋭い痛みを感じた。

どうやら脱水状態になってしまったようだ。

水分補給には気を付けてきたつもりだったが、もっと十分に摂取しなければならなかったか…

 

少しずつ判断が鈍り始め、視界が狭くなってきた。

60km通過、5時間22分58秒。この10kmは55分18秒だった。

 

68kmのエイドでコーラが登場。

疲れている時に飲むコーラは最高に旨い。

普段は甘くて受け付けない味でも、ウルトラの70km付近ともなるとおいしくて仕方がない。

炭酸で口の中をすっきりさせ、ラスト30kmの道へと向かった。

 

70km通過後、私は上を見上げた。

太陽が私を真上から照射していた。

と同時に私の足が終わり、やがて走れなくなった。

ここからは記憶が途切れ途切れである。

 

80km通過、7時間35分7秒。この20kmは2時間12分9秒。

壮絶な行軍の始まりだ。

脚が終わったので全く走ることができない。

走るのはおろか、歩くのでさえ精一杯だ。

キロ9分ぐらいの早歩きでひたすらもがき、だましだまし進んでいった。

ここから後20kmも歩くのか…と思うとすごく辛かった

 

84km過ぎ、コース最大の激坂を歩いて上る。

そしてトンネルを抜けると眼下にはエメラルドグリーンの海が広がっていた。

ニライカナイ橋から見える景色は最高だった。

しかし、こんな良い景色が広がっているのに一歩も走れない。

今の自分が情けなくて情けなくて仕方がなかった。

 

橋の真ん中あたりで、前半一緒に並走していたおじさんに追い抜かれてしまった。

おじさん
走れ、若者!!!
かめ
走れないんです…

おじさん
じゃあ絶対にゴールにたどり着け!!

おじさんも足が痛いはずなのに、おじさんは颯爽と私を追い抜いて行った。

幾多の荒波を乗り越えてきたおじさんとはなんと強い生き物なのだろうか…

 

90km通過。走れないためドタドタ歩きで行軍した。

92km手前のエイド。

その1km前から2週間前にNAHAマラソンを完走したという地元のおじいさんが並走して下さった。並走中ずっと私を励まし続けて下さった。

おじいさん
北海道から来てくださってありがとうございます!

おじいさん
完走するだけでも本当にすごいことですから、焦らずゆっくりと進んでくださいね

おじいさん
あなたならできる!絶対できるよ!!

話す気力すらなかったので頷くだけだった。

だが、この時おじいちゃんが応援してくれたことで私の闘志が復活したのである。

 

並走終了直後のエイド。

足を痛めている私を見て、地元のマダムたちが私にエアーサロンパスを吹きかけて下さった。

すると奇跡的に痛みが和らいでいった。

これで完全に息を吹き返し、20kmぶりぐらいにランニングを再開した。

最初はキロ7分半程度だったが、徐々にスピードアップしていきキロ5分まで回復した。

 

97.5km、最後のエイド。

ここで止まってはまた足が痛くなると思い、「今までお世話になりました~!」と大声でお礼を申し上げて通過した。

 

最終エイドを過ぎたあたりから不意に涙が出てきた。そしてやがて号泣に変わった。

・小学生の時「デブ!」と散々いじめられてきたこと

・中学生になってもっと苛烈にいじめられたこと

・いじめに一切反撃できず情けなく思ったこと

・京都大学に不合格になり、地獄の浪人時代を過ごしたこと

・大学生になって何のサークルにも入らなかったこと

こんな放蕩息子を大事に育ててくれた両親への感謝の思いが、ゴール目前にしてブワ~っと湧き上がってきたからである。

 

今まで一人で生きてきたのだと思ってきた。

だけど、実は陰で色々な人が私を支えてくれていたのだ。

自分の人生の主人公は自分だ。

しかし、親を始めとした私のサポーターなしではまず生きてこられなかった。

辛いことも数多く経験した。

(なんで自分だけこんな理不尽な目に…)と思っていたけど、それらは全てここで感謝の思いを味わうためだったんだ…!!!

 

周りの人への感謝の思いを胸に、ラスト1kmを全速力で駆け抜けた。

そして、、、

ゴール!!!!!!!!!!!!!!

記録は10時間19分19秒

 

目標の10時間切りには及ばなかった。

だが精一杯頑張った結果なので仕方がない。

悔しさより100km走り切った充実感が圧倒していた。




 

レース後(日・月)

与那古浜公園にてレース中に並走したおじさんと再会。

完走の報告をしたら「まだまだじゃな~、おじさんは9時間40分台でゴールしたよ」と言われた。

やっぱおじさんってすげぇやと思った。

 

レースから1時間後、シャトルバスで県庁前へ。

おじさんとはここでお別れし、国際通りでお土産を購入。

夕焼けがすごく綺麗で”やっぱ沖縄に行って良かった!!”と強く感じた。

 

県庁前からモノレールに乗って那覇空港へ。

手荷物を預け、蕎麦屋さんで沖縄そばを注文。

疲労困憊だったので味はちょっとよく分からなかったが、ここでようやく沖縄らしいものを食べることができ安堵した。

 

21時の飛行機に乗るため、20時に保安ゲートを通過。

壁に備え付けられたテレビで大河ドラマ”西郷どん”の最終回をやっていたので、ぼ~っとしながら視聴した。

史実とはだいぶ異なるクライマックスだったが、ドラマなので細かいことはどーでも良いのかな?

劇的な最後を視聴し、見終わった頃に機内へと案内された。

 

21時に那覇空港を出発し、23時30分に羽田空港に到着した。

羽田空港に到着後、すぐさま国際線ターミナルへ。

ターミナル内のベンチに寝転がり、目を閉じて睡眠。

照明が明るかったので深くは眠れなかった。

しかし、100km走った疲労もあってか5時間ほど安眠することができた。

 

5時に起床し、国際線ターミナル一階のローソンでパンを購入。

むしゃむしゃと食べ、国内線ターミナルへと移動。

筋肉痛がひどかったので、足を引きずりながら移動した。

 

保安ゲートと出発ゲートを通過し、6時発の飛行機で新千歳へ。

7時半ごろ着陸し、快速エアポートへ直行。

8時半ごろ札幌駅に到着し、歩いて北海道大学工学部へと向かった。

一限には20分ほど遅刻してしまったものの、何とか授業に出席することができた。

まさに、大学生の鑑である。





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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。