こんにちは!馬術競技からマラソンに転向した北大工学系大学院生ランナーのかめ (M2)です。
2023年6月11日午前4時スタートのいわて銀河100kmマラソンでサブ9 (9時間切り)を狙っており、日々の練習内容を記事にまとめながら振り返ることにしています。
3/1まで走らないつもりでいたのですが、ストレスがたまりまくって憂鬱だったため今日から走り始めることにしました。
それでは、今日の練習内容からさっそく振り返っていきましょう。
今日の練習
13.09km 4’59″/km
👟ペガサス39
沖縄100K以来ほぼ2か月ぶりのランニングということで、ペースもボリュームも控えめにとどめて体の反応をじっくりと様子見。
しばらく走っていなかった影響で心肺機能が落ちており、昨年は余裕で走れたキロ5程度の速さも若干苦しく感じられました。
また、冬季練と称して下半身の筋トレをやりまくった影響なのか、昨年より体の重心が少し下へと移動していました。
これまでの前傾姿勢では推進力が上へと逃げてしまい、昨年より2~3°程度深めの前傾姿勢をとることでようやく推進力が前方へと向けられました。
今日13km走ってみて、(筋トレもやればいいってわけじゃなさそうだな…)と自身の考え違いに気付きました。
今までは”筋トレはやればやるほど力になる!”と単純に考えていましたけれども、体のバランスが崩れて筋肉間の連動性が妨げられてしまうならばやらない方がマシなのです。
元メジャーリーガーのイチローさんも私と同じ考えです。余計な筋肉をつけると生まれ持ったバランスが崩れちゃうからウエイト非推奨派なのだそうです。
これからしばらくは下半身の筋トレをまったくやらず、余計な筋肉を徐々にそぎ落として身軽な体を目指していきます。
今後の練習計画
今日から2/28までは体をランニングの負荷へ徐々に適応させる期間とします。
基本的には60分。長くても90分ジョグにとどめて心肺の基礎を整えていきます。
3/1~3/25は筑波で本格的な練習を行います。90分ジョグをベースにし、週末にはロングジョグを取り入れるつもりです。
『3月末に3時間ジョグをキロ4’50″/km程度でこなせること』を目標に掲げて持久力をコツコツと養っていきます。
具体的な週間練習メニューは以下を想定しています⇩
- 月:オフ
- 火:90分ジョグ+ダッシュ
- 水:120分ジョグ
- 木:90分ジョグ+ダッシュ
- 金:オフ
- 土:90分ジョグ+ダッシュ
- 日:150~180分ジョグ
昨年の練習メニューを踏襲しつつ、昨年より基礎練(上では”90分ジョグ”)の時間を伸ばして全体的なボリュームアップを図りたい所。
なお、今年は8月に北海道マラソンへの出場を予定しています。
北大へ通っていてランニングをしているにもかかわらずこれまで出場してこなかったので、”卒業までに一度は出ておくか”ということで北海道マラソンへの出場を決めました。
エントリー者多数のため抽選となってしまう例年と違い、2023年の北海道マラソンはエントリーした人から出走権を得られる先着順らしいのです。
エントリー開始と同時に申し込みを済ませられるよう、エントリー日に臨戦態勢を築いておきたいと思っています。
なお、北海道マラソンでは2時間45分切り(サブ45)を狙っています。
暑さもあって本当にサブ45できるかは全く不透明ではあるものの、何となくできそうな予感がするので目標を『サブ45』と定めました。
今年はいわて銀河と北海道マラソンの両方を意識した練習をやっていきます。
まずはウルトラ対策でスタミナを培い、持久力のベースの上にスピードを積み上げていきたいです。
コラム:ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んだ感想
2/11の夜から2/12の朝にかけてヴィクトール・フランクルが書いた『夜と霧』を読みました。
今日はこの本を読んだ感想について記してみたいと思います。
『夜と霧』は、第二次大戦下でナチスに捕まった作者が強制収容施設で過ごす様子を書いた作品。
著者自身の精神状態の移り変わりが大変敏感にとらえられており、人が極限状態に置かれた時にどうなるか・どうなってしまうかが臨場感たっぷりに描かれております。
ひとたび収容所へ入れられたが最後、毎日は命を失うか・失わないかの綱渡りと化してしまいます。
『生きられるのは今日で最後かもしれない』と考えながら過ごす日々は想像できないほど困難だったと思います。
一番”辛そうだな…”と感じた点が、 いつ収容所から出られるか分からない宙ぶらりんな状態だということです。
本書では【無期限の暫定的状態】として記されており、収容所内で希望を持って生きることの難しさを読者に伝えてくれています。
(今日こそ収容所から出られるはずだ!→無理だったか…)
(でもきっとクリスマスには帰られるはずだ!→また無理だったか…)
(来年の今ごろには出られるんじゃないか?→また無理だったのか…)
このように次から次へと期待が無残にも裏切られていき、未来に希望を見出せなくなった人から順番に一人ずつ死んでいってしまったそうです。
著者自身も最初は『いつになったら出られるんや』と絶望していたそうですが、苦痛や悲しみには徐々に慣れ、しまいには同僚が鞭打たれても何とも思わなくなるほど無気力状態に陥ったようです。
私自身、強制労働施設ほどではありませんが、過去に”大学受験浪人”という地獄において似たような経験をいたしました。
浪人は大学に合格するまで終わらない生き地獄。『もう後がない!!!』というプレッシャーもさることながら、現役合格を果たした同級生に対する焦りや劣等感にも苛まれます。
浪人中は心が何度も折れそうになり、
と未来に希望を見出せなくなっちゃいます。
私の場合、高3の11月にA判定を貰っていた京大に大逆転不合格を喫したため、(A判定でも合格できるとは限らない、また落ちてしまうかもしれない…)というおぞましい恐怖と戦い続けた一年間でした。
こうした極限体験を10代の頃した私にとって、『夜と霧』中の以下の言葉はめちゃくちゃ心に染み渡りました⇩
行動的に生きることや安逸に生きることだけに意味があるのではない。およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。
夜と霧より
良いことばかりに意味がある訳じゃなく、悪いこと、苦しかったことにも意味がある。
いや、そこに意味を見出すことによって初めて人間は完全な存在となるのです。
私の25年間の人生において、自分の思い通りに上手く行った経験なんて両手で数えられるほどしかありません[自分史参照]。
もし良いことにしか意味がないなら私の人生なんて虫けら程度の価値しかないけれども、上手く行かなかったことにも価値を見出せたならば人生がすごく生きやすくなるでしょう。
本著『夜と霧』は、絶望の中に希望を見出す方法を教えてくれる一作です。
コレで二度目の完読となります。今後定期的に読み返したい作品です。
明日以降の練習予定
明日以降も時間を見つけて60分ジョグを行います。
2月末に90分ジョグをやってからつくばへ向かいたいと思います。