こんにちは!馬術競技からマラソンに転向した北大工学系大学院生ランナーのかめ (M2)です。2023年6月11日午前4時スタートのいわて銀河100kmマラソンでサブ9 (9時間切り)を狙っており、日々の練習内容を記事にまとめながら振り返ることにしています。
今週の練習計画
- 3/20 (月):オフ
- 3/21 (火):80分ジョグ
- 3/22 (水):75分ジョグ
- 3/23 (木):120分セミロングジョグ
- 3/24 (金):オフ
- 3/25 (土):165分ロングジョグ
- 3/26 (日):オフ(移動日)
今日の練習
75分ジョグ 4’51”/km
👟ウエーブライダー25半袖半ズボンでの走行。暖かくてとても走りやすい気持ちの良い朝でした^ ^
明日は120分セミロングジョグの予定です。 pic.twitter.com/9MnH0ieYnm
— かめ@6/11いわて銀河100km (@hokudaineguse) March 21, 2023
つくばは既に春本番。早朝朝5時から気温がふた桁もあって大変過ごしやすいです。暖かいと体がよく動く。筋肉を傷める心配をせずに済むから安心してランニングに集中できます^ ^
今朝は予定通り、75分ジョグを行いました。昨日の練習との強弱をつけるため若干遅めに走った…つもりなのですが、ランニングウォッチ的には昨日とほぼ同じペースでテンポよく走っていたみたいです。体感的にはキロ5分。結構抑えて走ったはず。調子が良さすぎて体感ペースとキロ10秒ほどの誤差が生じました。
今はまだ(てへへ、速くなっちゃった^ ^)と笑って誤魔化していても構いません。しかし、本番が近づくにつれ、キロ5秒程度の誤差にも神経質にならねばなりません。というのも、100kmでサブ9するには序盤(0~60km)にどこまで力を温存できるかが運命の分かれ道となるからです。序盤に数分タイムを貯金できたとしても、エネルギーを使いすぎてしまっていては終盤の大失速を招くでしょう。キロ5分で走るならキロ5分で走る。それより速く走るなら速く走る。自身との取り決めをきちんと守り、体感ペースと実際のペースをすり合わせていく必要があります。もしかすると『キロ5分で走る』という過去の取り決めが自分に不相応だったのかもしれません、もう少し速く走れそうなら『キロ4分50秒で走る』といった風に設定を上方修正するつもりです。
明日は120分間のセミロングジョグ。今日の感じだと普通に走っても4’50″/kmは出そうなので、今日と同じ出力で同じペースを出せるように集中して取り組みたいと思います。
そういえば昨晩、大会会場付近に着陸する花巻空港行きの航空便を予約・購入いたしました。ホテルもとった。飛行機も手配した。大会にもエントリー済みの三方良し。もう逃げられないので覚悟を決めてなりふり構わず岩手に挑みます。
昔好きだったテレビ番組『ドラえもん』に関するコラム

昨日のコラムでは好きな植物の『桜』にまつわる話を書きました。今日は昔好きでよく見ていたテレビ番組『ドラえもん』に関するお話をします。
私が初めてドラえもんと出会ったのは物心がつく遥か前。もしかすると幼稚園に入るよりも昔だったかもしれません。金曜の夕方ご飯を食べ、夜7時に母親から「ドラえもん始まるよ~!」と呼び出されます。「行く行く~!」と全速力でテレビの前に駆けつけ、「あんなこっといいな♪ でっきたっらいいな♪…」と外聞を気にせずドラえもんと一緒にドラ声で熱唱したものです。ドラえもんの映画が公開された際は両親と一緒に観に行きました。私はストーリーに熱中し、母親はストーリーに感動し、父親は序盤で寝てしまうという時代の最先端を行く多様性。アニメって基本的には子供向けに作られているからおっさんはあまり楽しめないようです。ちょっとおっさんになった今なら父親の気持ちもよく分かります…笑
私がドラえもんを好きだったのは、勧善懲悪の物語だったから。ジャイアンやスネ夫という悪者が存在し、そいつらがドラえもんという【全能の神】に叩き潰される様子が爽快でたまらなかったのです。映画ではジャイアンやスネ夫もいい奴ですが、普段のアニメでは悪の権化。のび太をよってたかってボコボコにした後ドラえもんに倍返しされるものだから(ざまぁ見ろ!)とよく笑ったものです。小さい頃からドラえもんを見ていれば心へ確固たる正義感が根付きます。(悪いことをやったらドラえもんに潰されるからやらないでおこう…!)と悪事を働かなくなるわけです。ドラえもんは大人にとっての『水戸黄門』みたいなもの。小学校の道徳では先生の講話なんて聞かせずドラえもんさえ流しておけばいいんです。
ドラえもんのサイコパス度合いが結構好きです。あんな優しい顔をしているクセに、人へ向けて空気砲を打つんですよ笑。どうして警察が動かないのか、銃刀法違反で逮捕しないのがまるで見当がつきません。きっとドラえもんも政治家と同様、警察に「まぁ見逃してくださいよ~^ ^」と賄賂を渡しているのでしょうね。他にも落とし穴を設置したり、タイムマシンで歴史を変えてしまったりと平気で社会秩序を乱していきます。ドラえもんが道徳の教材に使われないのはこうした凶暴性ゆえかもしれません。もし道徳の時間に放映しようものなら「ドラえもんがやってたのになんでぼくがやっちゃダメなの?」と抗弁の材料に使われるでしょう。ひろゆきの動画を見ているちびっ子たちをさらに増長させたら歯が立ちません笑。
ドラえもんに関して北大院生としてひとこと言わせてもらいたいのですが、安易に暗記パンをのび太くんへ差し出すことは全く彼の為になりません。彼にはもっと勉強して頂き、真っ当な手段で点数を取っていただきたいのです。のび太くんはもう少し努力することを覚えるべき。もし「勉強の仕方が分からない」というならお母さんに進研ゼミを契約してもらえばいいし、小学講座でも難しいというなら公文でもドラゼミでもやり直せばいい。そうやって少しずつ積み重ね式で勉強すれば「あっ、進研ゼミでやった所だ!」とテスト中にひらめきが降ってくるはず。「あっ、暗記パンで覚えた所だ!」とみっともないことを言わずに済むというわけです。大学レベルならいざ知らず、義務教育レベルならば勉強すれば必ずできる仕組みになっています。ドラえもんは家庭教師役として、のび太くんに楽をさせるのではなく(勉強って楽しいんだ!)と思わせる努力をもっとすべきだと思いますね。押し入れの中でどら焼きばっかり食べていないでのび太くんの面倒を見てやって下さい。アンタならできる。いや、アンタしかできないから、頼むぜドラえもん。
そんな思い入れの強いドラえもんですが、大学進学以降はバッタリと見なくなってしまいました。ドラえもんの体のアンバランスさが気になって仕方がなくなったためです。
- なんであんなに短足なの?
- なんであんなに口がデカいの?
- なんで髪が一本もないの?
と次から次へと疑問が湧きます。子供の頃の純粋な心は社会の荒波ですっかり汚れ、今やテレビアニメですら素直な気持ちで見られなくなってしまいました。同じ理由でクレヨンしんちゃんも見られなくなってしまいました。キャラの顔が絶望的に左右非対称なせいで内容が頭に入らないのです。私が漫画やアニメではなく書籍(純文学)を好むのも視覚情報に過敏だからです[関連記事]。小説なら登場人物のイラストがないから顔を想像する余地があり、身近な人の顔を当てはめることでストレスなくストーリーについて行けます。私に子供ができたとき、果たして一緒にアニメの世界を楽しんであげられるでしょうか?きっと無理、いや絶対無理笑。私の父親みたく映画館でも爆睡してしまうこと請負です。
ドラえもんに関するお話はコレで以上となります。明日は大学入学以来6年間続けている『ナンプレ』に関する内容です。
明日の練習予定
明日は120分間のセミロングジョグ。最後まで余裕を持って楽に走り抜いて見せます。
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