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【不合格体験記】京大受験2日前から前日までのアレコレについて

京大受験2日前

物件見学

私の実家は広島にある。

京都へは新幹線で2時間以内ですぐ行けるので、試験前日に上洛する選択肢も考えられた。

ただ、私の場合、京大合格後に住む物件をひとつ合格前予約していたため、試験前に内見させてもらって様子を確かめておく必要があったのである。

そこで私は試験2日前に親と一緒に上洛する事にし、新幹線&JR奈良線&京阪を乗り継いで出町柳駅へと向かった。

不動産屋は出町柳駅から徒歩5分ぐらいの所にあった。

店に入るとすぐ物件の方へと案内され、迷路のような道を迷子になりそうになりながら目的地(物件)に到着した。

ここだけの話、我々のガイドとなってくれるはずの店員さんも道が分からなくなっていた笑。

京都の道は入り組んでいて、大変複雑な構造である。

 

物件の扉を開けさせてもらい、中に入ると、私の全身を不思議な高揚感が包んでくれた。

  • ここで自分は京大生活を始めるのか…!
  • ここから京大馬術部まで自転車ですぐだし、勉強だけじゃなくて部活動も頑張れそうだ…!

などと、まだ受かってもいないのに京大生活を夢想し始めたのである。

それもそのはず、私は11月の京大実戦模試にて、受験学部である農学部のA判定を貰っていたのである。

しかも、旧・センター試験が終わってから京大過去問を全教科25か年分(それも5周!)やってきたし、実力でも演習量でも落ちる理由が見当たらなかった。

不動産の店員さんにメジャーを借りて部屋の寸法を計測し、家具の配置イメージを頭に描いて内見を終えて部屋を出た。

店員さんと一緒に不動産屋に戻り、合格前予約確定の契約を交わし、物件見学を終了した。

今振り返ると、試験直前でこのように気を緩めてしまったのが受験敗因の一つだと思う。(合格前予約などせず、合格してから物件を探し始めれば良かった…)と深く反省している次第である。

 

京大散歩~就寝まで


wikipediaより

ついでだから、親に4月から通う(はずの)京大も見せておくかと考え、親と一緒に京大構内を散歩することにした。

京大北部キャンパスの西口から大学構内に侵入し、”自分が通う予定”の農学部棟を見せて「コレが僕の通うキャンパスやぞ」とドヤ顔で親に紹介をした。

親は(誰が学費払うと思うてんねん笑)と怒り心頭だっただろうが、その気持ちをグッとこらえて「へぇ~」と感心したような声を出していた。

その素振りに私は益々鼻高々となり、「せっかくだから本部キャンパスも見に行こう」と言って、親を百周年時計台のある本部キャンパスへと案内した。

京大のシンボルである時計台を前にすると、私は自然と鳥肌が立った。

  • なんてカッコいいんだ…
  • 時計台からすらも知性があふれ出しているじゃないか…

思わず「この大学の合格を目指して頑張ってきて本当に良かった…」と呟いたほどである。

親も何か感ずるものがあったらしく、まるで魂を抜かれたみたいにただ無言で時計台を見つめていた。

我々の脇を自転車に乗った京大生がビュンビュン通過し、(京大生は自転車操作スキルも半端ねえな!)と驚きながら京大を後にした我々上洛民であった。

 

ありがたい事に、親は私のホテルチェックインまでついてきてくれていた。

荷物を部屋に置き、フロントに戻り、親とガッチリ握手してから親と別れた。

部屋に戻って少しゆっくり休み、お腹が空いたので近くの吉野家まで行った。

実は牛丼屋へ行ったのはコレが初めての事であり、牛丼が出てくるあまりのスピードに(えっ?えっ?)と驚きながらもおいしい牛丼に舌鼓を打った。

ホテルに戻り、シャワーを浴びてベッドに寝ころび、物件見学や時計台を前にした時に味わった高揚感を思い出しては噛み締めた。

かめ
絶対京大生になってみせるぞ!

合格への思いがますます強くなり、高ぶる気持ちをどうにかなだめて試験2日前は終了した。

 

京大受験前日

試験当日の予行演習

翌日に控えた京大二次。

当日になって慌てなくて済むよう、(今日が試験だ)と思って当日の通りに動いてみた。

  1. 05:30ごろ起床し
  2. ホテルの朝食会場にて朝食を食べ
  3. 寝癖を直し、ホテルを出て京都駅へ行き
  4. JRと京阪を乗り継いで出町柳駅へと向かい
  5. そこから歩いて京大農学部棟に辿り着く

このように実際に行動してみて、ちゃんと京大にゴールできる事を確認しておいた。

帰り道は、京大正門から京都市バス206号系統に乗って京都駅へと向かった。

次々と通過する世界遺産を前に歴史好きの私は大興奮し、(世界遺産巡りしてみたいな…!)と、今にもバスを降りそうになってしまった。

 

ホテルに戻り、まだ11時にもなっていないのを確認し、(このままずっと部屋でダラダラするのも時間が勿体ないしなぁ)と思い、試験前最後の勉強に取り掛かった。

  • 英語に関しては英単語帳(システム英単語)と過去問(25か年)を全部音読し
  • 数学に関しては使い込んできた問題集(やさしくない理系数学)をパラパラとめくり
  • 物理と化学に関しては問題集(名門の森/化学重要問題集)中の不安を抱えていた分野の問題を数問ピックアップして解いてみて

自分の頭を試験モードへカチッと切り替えた。

昼食を食べるのを忘れるほど勉強に集中し、やる事を全部やり終えて筆記用具を机に置いた。

その後、お腹が空いたためコンビニで適当に夕食を仕入れ、ホテルでむしゃむしゃ食べながら今までの日々を振り返ってみた。

 

回想

私が京大合格を志したのは中学3年生の時だった。

何かの番組で京大の学生寮が特集されていて、(楽しそう!こんな自由な大学に行ってみたい!)と思ったのが京大に憧れたきっかけだった。

私の通っていた学校は7年制(笑)の中高一貫校であり、どうしても現役合格したかった私は授業の進度の遅さに我慢できず、自分のペースで独学を進めていった。

記憶の限りでは、高校一年次には高校範囲の英語と数学を終わらせ、高校二年次の半ばには理科も独習し終えていたように思う。

 

私は非常に不真面目な学生だったため、なんと学校の授業中に自分の独学を進めていた。

いわゆる内職をやっていた私はしょっちゅう先生からこっぴどく叱られ、授業を聴いているふりをしつつ、着々と独学を進めていた。

高三の春までは模試の成績が非常に悪く、先生方も(内職をやっているからそんな成績なのだろう笑)と今にも言いたそうな顔をしていた。

あまりにも悔しくて、(絶対に見返してやるぞ…!!!)と歯を食いしばって勉強した。

その結果、夏の京大模試ではB判定、秋にはA判定をもぎ取るまでになった。

B判定まではまだ(まぁ、マグレだろう)と思われていたようだが、A判定を取って以降、先生方は私の内職に一切口出ししなくなった。

そもそも、私が授業を聴かず内職をしていたのは、先生の教え方があまりにも下手くそだったからである。

事実、浪人して予備校に入ってからは割と真面目に授業を聴いていたし、”授業だから聴きなさい”と説教されても聴く気が全く湧き上がらなかったのである。

 

中3から4年間、自分なりにベストを尽くしてこれまで戦ってきた。

やれる事は全部やってきたと思うし、たとえどんな結果になろうと後悔はしないだろう。

明日は最高の晴れ舞台、全国から集った最強のライバルたちと雌雄を決する時である。

かめ
必ず合格を手にしてみせる。華の京大生活は自分のものだ!!!

目をつむり、大きく何度か深呼吸したのち、深い眠りについたのであった。

 

試験当日編へと続く…

【不合格体験記】京大二次試験1日目のアレコレについて

2022-01-20

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