【合格体験記】2017年3月8日、北大総合理系に合格した当日のアレコレについて

05:30 起床

2017年3月9日、私は大阪府堺市にあるダイワロイネットホテル堺東の客室で起床した。

なぜ大阪にいたかというと、大阪府立大学工学域の中期試験を受けるためである。

現役時代は京大との一本勝負に挑み、綺麗に返り討ちにあって浪人する事となった。

そこで、もう後がない浪人時代は合格するチャンスをなるべく沢山作るべく、中期にも出願する作戦を採用したのである。

受験料に関し、親には多大なる負担をかけてしまった。浪人時代に支払わさせてしまった予備校代・受験料は、就職したら必ず返済しようと思っている。

 

起床直後までは中期試験に行く気満々であった。

実際、北大を受け終わってからは大阪府大の赤本を買って演習していたし、もし北大に不合格となってしまった時のため、大阪府大に合格する用意を念入りに整えていた。

しかし、出発時刻が迫るにつれ、徐々にやる気がなくなっていった。

というのも、後期にも出願した大阪府大(生命環境科学域・緑地環境科学類)でぶっちぎりのA判定を貰っており、しかも後期がセンター試験(現・共通テスト)のみで合否が決まる形式だったため、わざわざ中期試験を受けに行かずとも合格が手中にあったからである。

なお、センター試験でド派手なマークミスをしていない事は、同志社の法学部・法律学科にセンター利用で受かったことから既に確認済みであった。

したがって、府大の試験を受ける気にならず、(あ~、だるい…)と何のモチベーションも湧かなかった。

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いざホテルを発つとなった時、私の心の中の9割を(中期受けたくねぇ…)という気持ちが占めていた。

  • 北大の試験の手応えは最高だったし
  • わざわざ中期試験を受けに行くのもめんどくさいし
  • センター利用で同志社に受かっていたし
  • 後期もほぼ受かったようなものだったし

受ける理由を探す方が逆に大変なほどであった。

(せっかく親が払ってくれたお金をどぶに捨てるのか?)と、少々葛藤したりもした。

また、大阪府大を受けずに実家・広島に帰り、万が一北大に落ちていたらとんでもない勢いで雷を落とされるだろうから、そう簡単に受ける/受けないを決められない事情があった訳である。

 

07:00 大阪府大の中期試験を受けず、新大阪駅へと向かう決断

広島に帰るか、大阪府大に行くか。最終的にはホテルを出てから決める事にした。

チェックアウトを済ませ、ホテルを出て冷たい空気を胸に取り込むと、通天閣の方からビリケンさんが「広島へ帰りぃ」と言ってくれたような気がした。

ただでさえ中期を受けたくなかった上、ビリケンさんによる後押しも得た私は

かめ
まぁ、いっか笑。広島に帰るか!

と、大阪府大と和睦し、秀吉も顔負けの逆・中国大返しを決行した。

目的地を東南(府大)から西(広島)へと225°転換し、新幹線に乗るべく新大阪駅へと向かった。

 

新幹線の乗車券と特急券を購入し、ホーム20番線で広島・博多方面へ向かう新幹線を待っていた間、(帰ってきて本当に大丈夫だったのだろうか…?)と急に心配になってしまった。

浪人期間中、極端に心配性になってしまっていた私は、

  • 答案用紙に名前書いたっけな?
  • あそこの問題、計算ミスしてないよな?

などと、今更になって自分の合否を憂慮し始めたのである。

このような心配をしなくて済むよう、試験時間中に何度も見直し・確認をしたはずであった。

(大丈夫かなぁ, やらかしちゃったかなぁ…)と不安になりすぎて浮足立ってきた私を(大丈夫だ, 問題ない。)ともう一人の私が必死になだめ、不安から逃れるように鹿児島中央行の”さくら”へ緊張した面持ちで慌ただしく乗車した。

あまりに不安になってきて、(ここで引き返して中期を受けに行こうか)と思ったほどである。

最終的には中期を受ける面倒臭さが勝ったので、受験せず広島に帰ってきた。

 

08:50 広島駅に到着、広島東照宮へと移動

新大阪駅から1時間半ほどで広島に着いた。

新幹線下車後、広島駅北口付近にある広島東照宮へと移動し、神様へ合格発表前最後の神頼みをした。

浪人時代、私は広島東照宮へ週に二度はお参りしていた。

ストレス発散がてらランニングをし、最後に東照宮横の激坂をダッシュして境内へと上がり、「しっかり勉強頑張るので見守っていてください」とお祈りするのが日頃のルーティ―ンとなっていた。

合格発表は9時からだと思っていたので9時に北大の特設サイトを開くと、”合格発表は9時30分から”との事だった。

どうやら、札幌の現地では9時から受験番号が掲示され、サイトではそれから30分後に結果が開示されるようであった。

かめ
なんだ、緊張して損した…

このように緊張の糸が切れ、(あと30分、どうやって過ごそうか)と途方に暮れる事となった。

急勾配を坂ダッシュをしたり、もう一度神様にお参りをしたりしたものの、それだけでは自分を30分後に連れて行けず、精神的にも肉体的にも疲れた私は神社正門の階段へと鎮座した。

 

すると、浪人時代の一年間の記憶が走馬灯のように浮かび上がってきた。

  • 京大に落ちた当日、この世の終わりかのように泣き叫んだ事
  • ”もう後がない”という漠然とした恐怖に追い立てられ続けた日々
  • 夏の京大オープンでA判定&冊子掲載した直後に聞こえた、”プツっ”と切れる緊張の糸の音
  • センター試験の国語でまさかの114点をとり、「なにがイイヨだよ冗談じゃねーよ笑!」とマジ切れした記憶

(この一年間、本当に色々な事があったなぁ)と、自分の歩んできた足跡を振り返って感じた。

某・オリンピックメダリストではないが、ここまで頑張れた自分を心の底から褒めてあげたくなった。

そんな感じでたそがれていると、待ちかねた結果発表の時刻1分前となった。

 

09:30 あっ、あった…

京大の合格発表はサイト混雑を考慮して発表開始5分後に閲覧した。

今回は一秒でも早く目に焼き付けるべく、結果開示直後にサイトへアクセスすることにした。

発表30秒前になり、スマホで北大の特設ページにたどり着いた。

そして、09:30になりiPhone右上のページ更新ボタンをクリックし、受験した総合理系(総合科学選抜群)の結果をスクロールし始めた。

 

 

 

 

 

あっ!

 

少し画面をスクロールすると、自分の番号らしき7桁の数字が目の前に現れた。

一年前、自分の番号が見当たらなかった記憶が蘇ってきて、

かめ
なんか自分の番号があるんだけど、これドッキリじゃないよね?夢じゃないよね?

と、最初は目の前の光景を信じられずにいた。

自分の頬をつねったり、何度も目をこすってみたりして、ようやく自分の番号が掲示されている事実を飲み込むことができた。

その直後、

かめ
やっと終わった…本当によかった…

こう言うと同時に、左目から一筋の涙が頬をつたった。

 

合格した時どうやって喜ぼうか、私は前日からイメージトレーニングを重ねていた。

ガッツポーズをとる練習、「やったー!!」と絶叫する練習など、喜ぶシチュエーションだけを想定して当日を迎えた。

いざ合格した時、私を包んだのは安堵の感情だった。

全く想定していなかった想いが胸を占めた時は一瞬だけ拍子抜けしたものの、わざとらしいリアクションをとらずに済んで逆に良かったのかもしれない。

 

10:00 予備校と家と高校に合格報告

合格を見届けて下さった広島東照宮に再度お参りしたのち、たくさんお世話になった河合塾へ合格報告をしに行った。

チューターさんたちはなぜ私がいま広島にいるのか事態を飲み込めなかったらしく、私が口を開く前に「アレっ、府大の中期は?受けるの忘れちゃったの?」と心配の声をおかけになった。

「いや~受けるの面倒臭さくなっちゃって~笑」と諸々の事情を説明し、「そういえばさっき北大に受かったんですよ!!」と思い出したように報告した。

すると、私の担当だけではなく周囲にいた方までもおめでと---!!!と祝福の声を送って下さり、ここでようやく(あぁ、受かったんだ)と自身の合格に現実感を味わい始めた。

若い年上の女性にあれほど笑顔で祝福されたのだから、もっと素直に喜んでおけばよかったと思う。まさか、大学に入ってここまで女性との出会いがないなんて考えだにしなかったよ…笑。

 

予備校を後にし、歩いて実家へと向かった。

家にいる母親は当然私が中期試験を受けている真っ最中だと思っているから、(サプライズで喜ばせてやろう)と思い、実家へは忍者のようにコソ~っと入った。

そして、急に母の前へと姿を現し、「受かりました!」と報告した。

すると、「なんでおるん?心臓止まるかと思った」と本気で驚いたのち、「で、どこに受かったん?」と真顔で聞いてきたのであった。

サプライズはまさかの大失敗であった。

河合塾のチューターさんみたいに「おめでとー!!」と喜んでもらえると思ったのに、どうやら私の計算は大間違えだったようである(試験でミスしなくて済んでよかったと思う)。

 

母に私の合格を信じ込ませたのち、通っていた高校にも挨拶をしに行った。

担任には「まぁ、受かると思ってたよ。当然ですね^^」と言ってもらい、偶然すれ違った当時の学年主任(男)からは「おめでとー^^」となぜかハグをされた。

一年前は大雨の中、びしょぬれになって学校から帰ったのに、今回は雲一つない青空の元、嬉し涙で顔を濡らして家路につけた。

  • 合格するってなんて気持ちがいいんだ!
  • この清々しさは一生忘れられないだろうな…!

などと、一人でぶつぶつ言いながら家に帰った。

 

18:00 父親が帰宅、合格報告

しばらく喜びに浸っていると、夕方に父親が帰ってきた。

「合格したぜ♪」と報告すると、父は「うむ、大儀である」と言い、私とがっちり握手を交わした。

その後、「これで終わりじゃないぞ。男は一生勉強しないとダメなんだぞ。」と、気が緩み浮かれている私へ釘を刺した。

(受かった日ぐらいは喜ばせてくれよ)と苦笑するとともに、(こんな自分を合格まで面倒見てくれて感謝しないといけないな)と親の有難みをひしひしと感じた私であった。

 

最後に

私が北大に合格した当日の感情については以上である。

合格した時の喜びを忘れず、不合格になった時の悔しさを噛みしめつつ、これからの人生の旅路を堂々と胸を張って歩んでいきたい。

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