私の半生(波瀾万丈の大学時代)

大一

北大に入学した私を待っていたのは、華の大学生活とは対極ともいえる京大への強烈なコンプレックスだった。

というのも、浪人の夏に京大から進路変更した決断を強く強く後悔していたのである。

過去にくよくよ囚われすぎて、新歓時期にありとあらゆる部活・サークルへ入りそびれてしまった。

決断を下したのは自分だし、いくら過去を想っても仕方がないのに、当時の私は自分を責めてばかりいて、どうしても周りと打ち解けられなかった。

 

私はストレスをためやすい性格である。

だからこうした悶々とした日々にもイライラを蓄積させており、いつ退学や自〇などの突発的な行動をとっても何ら不思議ではなかった。

そこである日、広島から持って来ていたランニングシューズを履き、気分転換に外を思い切り走って汗をかいてみることにした。

これが効果てきめんで、走っている最中は超気持ち良かったし、汗と共に不満やストレスが全て流れ落ちてくれて(もう一度頑張ってみようかな)と生きる気力がみるみるうちに復活してきたのであった。

 

その日以来、私は計画的にランニングをし始めた。

何か目標があった方が走るモチベーションも湧くだろうと考え、フルマラソン3時間切り(サブスリー)を目指して練習を重ね始めた。

当然ながら最初はキロ7分で3km走るのが限界で、サブスリーなど二回ぐらい生まれ変わらないと目指せそうもない目標に思われた。

ただ、ターゲットへの距離が遠ければ遠いほど見事達成した時の感動も大きいだろうから、サブスリーを達成するまで絶対に諦めず挑戦してやろうとここで固く決意した。

 

こんなことを書くと学費を払ってくれている親に申し訳ないのだが、正直言って大学での勉強はひとつも面白くなかった。

私は総合理系という種別で入学したので一年次にある程度の成績を修めなくては所望の学部へ進学できなかったし、たとえ自分の興味とかけ離れていても好成績を取るためにはつまらない講義を履修する必要があったからだ。

幸いな事に希望学部・学科は見つかったし、自身の移行点でも無事に移行できたので良かったと思う。

だが、大学は楽しい所だと胸を膨らませていたのにこんなつまらないとは全くもって予想外であり、これから社会人になって社畜になればもっとつまらない人生が待っているのか…と思うと(自分は何が楽しくて生きているのだろうか)と悩まずにはいられなかった

【北海道大学】総合理系が辛い理由と辛くない理由を北大生が双方の立場から考察します

2021-01-29

【不器用なりに頑張った】大学一年次のキャンパスライフを17000字で完全再現しました

2021-03-09

 

大二

教養から学部に移行しても、授業にはあまり関心をそそられなかった。

ようやくバリバリ実験できるのかとワクワクしていたら学生実験は3年次から始まると分かって意気消沈したし、材料系コースに進学したので炭素繊維やセラミックスについて学べるのかと思っていたらマジで金属の事しか取り扱われなくてビックリした。

総合理系から今所属しているコースに移行した理由は、「マテリアル」という名前に惹かれたからだ。

何となく材料について興味があったから材料系に進学したのに、よくよく調べてみると私の興味のある分野を取り扱っているのは応用化学コースだと移行後に発覚した。

散々恨みつらみを書き連ねているが、移行前にちゃんと調べなかった私の自業自得だと十分承知している。

【北大】応用マテリアル工学コースについてのQ&A|内部生が語る

2020-09-25

 

勉強に熱意を注げない私にはもはや、ランニングを頑張るしか道はなかった。

大一時代の倍以上の距離を走るようになったし、陸上部のように朝と午後の二部練を走ったり食事管理も徹底したりした。

すると、私の走力はみるみるうちに伸びていった。

足が絞れてカッコよくなって一人でニンマリした事もあったし、走りすぎてストレスフリーになったおかげで毎日がとても幸せだった。

 

11月にはフルマラソンに出場した。

初めてのフルマラソンだったから走り切れるか不安を抱えての出走だったものの、終わってみれば失速どころか30km以降にペースアップする余裕まであって3時間10分46秒でゴールできた。

全然思い通りにいかない人生を送っていた私にとって、久々に自分の努力が報われた瞬間だった。

ガッツポーズでゴールできてすーーーんごく気持ちが良く、次はサブスリーだな^^と思うと練習するモチベーションで溢れかえっていた。

 

12月には沖縄で100kmマラソンに出場した。

「100km走れば人生変わるよ」と誰かのランニングブログに書いてあり、それを目にして(人生変えてぇ~!)と思った私はためらうことなくエントリーした。

実際に出場してみて、ホントに人生がガラリと変わった。

  • レースの途中で話しかけてくれたおっちゃんとの会話で(色々な世界があるのだなぁ…)と知られたし
  • 60km過ぎで完全にエネルギーが切れた後の40kmの苦痛は今まで味わったどんな痛みより強烈だったし
  • 85km過ぎのニライカナイ橋から見えたコバルトブルーの海は鳥肌が立つほど美しかったし
  • こんな汗臭い私でも声を枯らして応援してくれる方々のおかげで周囲への感謝の心が芽生えたし

沖縄で私は新しい自分に出会えたのであった。

【圧倒的大自然!】沖縄100Kウルトラマラソン2018 体験記

2020-02-05

 

大三

大学での講義は相変わらずつまらなかった。

しかし、大二の時よりかはあまり面白くないと思わなくなった。

というのも、今まで辛くて苦しかった原因が

  • ”大学は面白い所であるべきだ!”という理想
  • ”実際には超絶つまらない”という現実

これらのギャップにあると分かったからだ。

過度に期待した結果こうしたギャップが生じたのであって、一切期待しなければギャップは生じないから面白いとか面白くないとかそうした感情を持たなくなった

 

大学には期待を持つことなく、私は毎日淡々とランニングした。

すると、サブスリー目指して練習強度を上げたせいでケガを頻発するようになった。

(ここで何もかも投げ出せたら超楽だろうなぁ)と何度もくじけそうになったものの、今まで積み上げてきた努力を想うと(いやいや、ココが踏ん張りどころだ!)と思い直して気持ちのシーソーゲームを繰り広げていた。

浪人で踏ん張り切れず北大に志望校を変えたせいで後悔を引きずっていたのだから、もう二度と同じ失敗をするわけには行かなかったのである。

 

サブスリーするためには強靭なスタミナが必要となる。

そして、スタミナを養うためにはかなり長い距離を走り込む必要がある。

そうした辛い練習のモチベーションになればと思い、9月に行われる白山・白川郷ウルトラマラソンという100kmレースにエントリーした。

いつ達成できるか分からないサブスリーに向けて練習するのは心が折れそうになったけれど、レース出走日という明確な期日を設けてしまえば意外と気持ちが上向くのである。

 

このレース当日は尋常じゃないほど暑かった。

台風直撃を免れたと思ったらフェーン現象で35℃まで上がってしまい、しっかり走り込みをしてきた私でさえも60kmまでで精一杯だった。

レースで途中棄権をしたのは初めてであり、あのままゴール目指して進んでいたら途中でぶっ倒れて死んでいたのではないだろうか。

このレースの完走率は3割ほどと極めて低く、完走できた方はホントに凄いと思う。

壮大な夏の旅。白山白川郷ウルトラマラソン2019体験記

2019-09-09

 

100kmマラソンは走り切れなかった。

しかし、本来の目的である走り込みは夏に思う存分行う事が出来た。

次のレースとして11月の富士山マラソンに申し込み、ここでサブスリーすべく今まで以上にスピード&スタミナを鍛える練習を積み重ねた。

  • 全力で走ってちょっと休んで…を繰り返すインターバル走
  • 生殺しペースで20~30分走る閾値走
  • スタミナを鍛える25~30km走
  • 脚力を鍛える坂道走

などなど、夏に積み上げた基礎力を実戦力に転化するトレーニングを週2ペースでやり込んでいった。

 

そしていよいよ富士山マラソン。

走る前から自信に満ち溢れており、実際に2時間59分23秒で完走する事かできた。

ゴールした瞬間は嬉しすぎて呆然としその直後から感動の波が押し寄せて涙が止まらなくなってきた。

「デブ笑」といじめられた男の大逆転劇、これにて無事に完結せり。

【サブスリー達成】富士山マラソン2019 体験記

2019-11-26

 

大四

私の大学では4年生から研究室に配属される。

各自の希望&学部2~3年次の成績によって行ける研究室が決定するのだが、私は運よく第一志望の研究室、しかも希望の指導教員の元に配属された。

つまらなかった授業は一切なくなり、これからは自分のやりたい勉強をやりたいようにやりたいだけできる。

その研究室で取り扱う研究テーマに興味があったおかげで何時間勉強しても苦ではなかったし自分の手で人類の知的領域を切り開いていけると思うと興奮やらワクワクやらが止まらなかった

【研究室】京大卒の先生の元に配属されるとこうなります|圧倒的自由と無限の可能性

2020-11-21

【人生を左右する】私が現在所属している研究室を選んだ3つのポイントを教えます

2021-03-07

 

大学での研究と同時並行でランニングの研究も行っていたわけだが、567の野郎のせいで出場予定だった全レースが中止になってしまった。

それに加えて膝のケガを頻発したり貧血気味になったりして、B4でのランニングライフは正直あまり楽しく感じられなかった。

ただ、サブスリーの次はサブ50(フルマラソン2時間50分切り)をしようと思っていたので、ここで投げ出すわけにもいかなかった。

ケガしては中途半端に治った状態で走って、またケガしては完治させずに走り出してしまって…と苦しい苦しい1年間だった。

 

夏には大学院試を受けた。

筆記試験が免除されたため、面接だけの受験となった。

面接官から予想外な質問や詰め寄られ方をされて随分と面食らったけれども、どうにか上手くいなして難局を乗り切り大学院試を突破した。

北大大学院しか受けていなかったので、もし落ちていたら…と思うと背筋が凍る思いである。

北大院試2020・体験記

2020-08-26

【何のため?】大学院試験の面接の存在意義について

2020-09-02

 

院試を終えたら次は卒業研究

私の行う実験は筑波の某・研究機構の中でしかできないため、札幌にて先行研究を大量に調べ、やるべき実験にあたりをつけ、それから筑波で集中的にデータを回収するという形で研究を進行させた。

長期出張実験で辛いのが

  1. まわりに知り合いがいないので人との会話が極端に少なくなる事
  2. 出張期間中に必ず結果を出さなくちゃならないのでプレッシャーがハンパない事

この2点である。

北大では扱えない超高価な装置を使わせてもらえるのは本当にありがたいものの、コレはコレで別の種類の辛さがあるのでそれを乗り切るのは結構大変だった。

【3つずつ述べます】大学院生が外部の研究機構へ出張して研究を行うメリットとデメリット

2021-04-10

 

12月に卒論を完成させ、年明け2月には卒論発表をやってきた。

もともと人前で何かを話すのが苦手だから、本番で緊張しないように家で何回も練習をやって臨んだ。

ただ、教授陣から質問が飛んできた瞬間に頭が真っ白になってしまい、あまり満足のいく受け答えができなかった。

ここで味わった悔しさや屈辱感を胸に秘め、大学院では今まで以上に研究へ注力しようと決心した。

卒論発表をしてきました

2021-02-08

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。