【滑り止め校】北海道大学に受かるために受験した私立大学のご紹介

私は現役北大院生(修士)である。

一浪の末に総合理系へ2位で合格し、現在は北大工学院にて研究生活を営んでいる。

この記事では、私が北大生になるため受験した私立大学(いわゆる滑り止め)について書いていく。

北大やそれと同レベルの大学を目指していて、滑り止めをどこにしようか迷っている受験生にピッタリな記事だと思うので、ぜひ最後までご覧頂きたいと思っている。

 

それでは早速始めよう。

現役時代は一校も私大を受けなかった

私は高校生時代に京都大学へ進学したかった。

あまりにも行きたすぎて、”他の大学も受験しておこう”という発想に至る事すらなかった。

京大にしか行きたくなかったから(京大以外の大学を受けるなんて時間の無駄だ)と考えていたし、京大対策に専念しなくては受からない程度の学力だったため文字通り背水の陣を敷いて京大へ一本勝負を挑んだのである。

もし滑り止めに出願していたらセンター試験から国立二次試験までの間にいくつか試験へ赴いたのであろうが、私は本当に京大に”しか”出願していなかったので京大受験が人生初の大学受験となったのであった。

【自己分析】私はなにゆえ京大農学部に不合格となったのか

2021-05-25

 

浪人して初めて滑り止め受験の大切さを知った

かめ
あぁ、滑り止めを受けておけば良かったなぁ…

こう思ったのは浪人してからである。

あえて背水の陣を敷いた事で試験直前まで爆発的な集中力を維持できたのは良かったのだが、

  • ”京大に受からないと後がない”という恐怖感
  • 大学受験会場の独特な雰囲気に呑まれて正常通りに頭が働かなくなったという大誤算

これらによって私はあと6点という所で合格を掴み損ねてしまったのである。

(結局は進学しなかったとしても)滑り止め校の合格を得ていれば少しは安心して受験できていただろうし試験の場慣れによって緊張で英文が頭に入ってこないという緊急事態も免れたのではなかろうか。

受験生、特に現役生に伝えたい。

かめ
ぜっっっっったいに滑り止めは受けろ!

本命校に照準を絞りたい気持ちは痛いほど分かるが、それをやると後ですごく後悔するので、最低1校は練習がてらに受験するのを強く強く推奨しておきたい。

 

北大生になるため受験した滑り止め校(全て文系)

さて、この記事の本題である滑り止め校について紹介するが、私は理系なのに私大文系ばかりへ出願した。

文系ばかりに出願した理由は3つある。

  1. 私大理系は学費が高いため、(仮に進学する事になれば学費を出してもらう親への申し訳なさで通うのを辞めてしまいかねないな)と考えたから
  2. 北大理系ではキラキラした生活など全く見込めないので、(どうせ私大に行くなら北大と真逆のチャラい生活を送りたい)と夢見ていたから
  3. 受験生当時は理系科目より文系科目の方が好きだったゆえ(文系に行くのも悪くないな)と思っていたから

以上が私大文系にのみ出願した理由である。

私大理系の学費は国公立大の3倍もするため、不本意に進学が決まった大学へそこまで多額のお金を親へ支払わせてしまうと親へ合わせる顔がなくて二度と家の敷地を跨げなくなると感じていた。

また、国立理系に地味なイメージを持っていたので、本命校に合格できずコンプレックスを患うぐらいならいっそコンプレックスを吹っ飛ばしてくれるぐらいワチャワチャしたキャンパスライフを楽しみたいと思っていた。

そして、実は物理や化学より英語や日本史の方が遥かに好きだったから、受験時に文転して文系の道を歩むのも良いのではないかと考えていたのだ。

 

私の出願した滑り止めは3校である。

以下ではなぜこの3校を選んだのか、志望動機について個別に述べていく。

 

同志社大学法学部法律学科(センター利用)

私が同志社大の法学部に出願したのは

  1. センター利用で合否が決まったから
  2. 合格水準がある程度高いため、”同支社に受かるぞ”という目標がセンター対策を頑張るモチベーションに繋がったから
  3. 単純に京都で大学生活を送ってみたかったから

以上3つの理由がある。

 

滑り止め確保を考える上で重要なのが少しでも対策の負担を減らして本命校の対策へ打ち込める事である。

その点、センター試験の結果のみで合否が決まるセンター利用制度は私にとって非常にありがたかった。

欲を言えば早稲田の政治経済学部(ボーダーが9割越え!)にも出願したかったのだが、そこまでの得点をゲットできなかったため(85%)同志社への出願を決定した。

早稲田に出願できなかった点については特に何とも思っていない。だってしょせん滑り止めだもの。

次に、早稲田より幾分ボーダーが低いとはいえ、同志社(法・法)でも合格するのに82~83%以上は必要だった。

私にとってこの数字は油断していたら足を掬われる絶妙なラインであった。

というのも、現役時代のセンターは82.5%であり、これだと受かるかどうかギリギリの当落線上だったのである。

だから、同志社への出願は

かめ
半端な対策では落ちてしまう…これは頑張るしかない!

という強烈なモチベーションに繋がってくれた。

 

最後に、現役時代に京大を受けたのも同じ理由だが、私は京都で大学生活を送ってみたかったのだ

花の都で華の大学生活…この言葉にはなんとも優雅なイメージがあった。

私はそこまで外交的な性格ではないため同志社に行ったとしても華のキャンパスライフを送れたかは定かではないが、辛くて終わりが見えない浪人生活の真っただ中にあった私にとっては”華の大学生活”を夢見るだけで生きる気力を得ることができた。

  • センターの結果だけで合格をもらえるから
  • そこそこ勉強しないと合格できないのでセンター対策を頑張るモチベーションに繋がるから
  • 華のキャンパスライフを夢見て生きる活力を得るため

以上3つの理由で同志社大学法学部へ出願したのであった。

 

同志社大法学部には合格できた。

浪人時代の獲得点数は85%だったので(もしかしたら落ちているかも…)とヒヤヒヤしたが、合格発表の日の午後に送られてきた分厚い入学書類を受け取った時に(あぁ、受かったんだ!!)と飛び上がったのをよく覚えている。

入学書類に同封されていた大学パンフレットは非常に魅力的で、私はあやうく(同志社でもいいかも…)と北大を受ける気力を完全に失う所であった笑。

同志社に受かった事で気分が非常に楽になり、北大対策がますます捗る次第であった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|FP&日商簿記3級|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文3報(電気化学)|月間収益3,000円/2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。