【天国と地獄】大学へ通うのが辛かった理由と辛さから解放された理由

私は札幌に住む現役理系大学院生である。

一浪の末に総合理系へ合格し、工学部の材料系コースへ移行したのち、現在は工学院で研究生活を営んでいる。

この記事では

  1. 大学へ通うのが辛かった理由
  2. 今はもう辛くない理由

この2点に関して述べていく。

今の大学生活にあまり満足していない全ての大学生にピッタリな記事だと思うので、是非最後までご覧頂きたいと思っている。

 

それでは早速始めよう。

大学へ通うのが辛かった理由

私が北大へ通うのが辛かったのは、1年生から3年生の秋までである。

そして、その辛さの原因は以下の3つにあったと思っている。

  1. 別に北大へ行きたかったわけではなかったから
  2. 総合理系でどこへでも行ける移行点を保有していたにも関わらず、自分が決めた移行先での授業に全く興味を持てなかったから
  3. 心を通わせられる友達が全然できなかったから

この3つが辛さの原因だと分かったのは大学へ通うのが辛くなくなった後の話で、苦しんでいた当時は

かめ
大学ってなんてつまらない所なのだろうか…

と日々絶望していた。

以下ではまず、大学へ通うのが辛かった理由について詳述していく。

 

北大が第一志望ではなかったから

私の本当に行きたかった大学は京都大学である。

あまりにも行きたくて中三の時から先取り学習をしていたし、高一や高二からは必勝を期すべく京大の過去問を使って徹底的に問題演習していた。

しかし、私は落ちてしまった。

落ちた原因は以下の記事に考察しているのでそちらを参考にして欲しい。

【自己分析】私はなにゆえ京大農学部に不合格となったのか

2021-05-25

浪人時代にも京大を目指していたが、途中で気持ちが切れてしまって北大に路線変更した。

そして、もともと京大に受かるために勉強していたので、北大入試は楽々パスできた。

私はこの楽々パスできて”しまった”点にモヤモヤの原因があるのだと思っている。

北大対策でもう少し苦戦したり受験本番で思わぬハプニングがあったりしたら、きっと周りと同じように期待と充実感に胸を膨らませて北大の門をくぐれたのだろう。

けれども、試験本番ではひと教科目の数学が終わった瞬間に(あ、受かったわ)と勝ちを確信するほどだった。

だから、試験を受けている最中にも関わらず

かめ
受験する大学を間違えてしまったかな…名古屋大とか東北大とかもっと上の大学を受けた方が良かったかも…

自身の決断を悔む兆候が表れ始めたのである。

ちなみに北大二次試験の数学は150点満点で143点だった。

満点を狙っていただけに悔しい結果だった。

【合格体験記】北大二次試験当日のアレコレについて(前編)

2022-02-01

 

  • 自分はもっとやれたはずだ
  • なんで京大から逃げてしまったのか
  • ここ(北大)は自分がいるべき場所じゃない
  • 一位で合格できたらまだスッキリできていたのに、なんだよ”2位”って。蓮舫かよ。

このような思いが延々と頭を駆け巡り、私はどうしても大学生活を楽しめないでいた。

大学に通うのが辛かった一つ目の理由は、北大が第一志望の大学ではなかったからである。

 

せっかく総合理系で入ったのに、移行した学部の授業にあまり興味を持てなかったから

私は一年次にGPA3.8前後を獲得し、進路振分けの際に重要となる移行点もそれとほぼ同じだけ保有していた。

3.8あれば医学部医学科と獣医学部以外ならどこへだって行けるのである。

工学部や理学部は言うまでもなく、北大の看板学部である農学部、更には医療系の薬学部や歯学部にだって移行できる。

つまり、私は残飯処理班ではなく、移行先を選べる側の立場にいたのであった。

【北大】総合理系のQ&A|内部生が語る

2020-09-18

このアドバンテージを活かし、大学受験みたいな後悔をしないよう、私は移行先を真剣に何度も考えた。

  • 北大入学当初は農学部へ行きたかったが生物の苦手な私が農学部でやって行けるとは思えないし、
  • 純粋なサイエンスの世界よりも実世界とのつながりを感じたいから理学部という選択肢は除外して、
  • 医療系や文系には興味がないからそちらの選択肢も取り除いて、
  • そしたら工学部が有力候補に挙がるけど、工学部のどこだったら一番楽しめそうかな…

熟慮の結果、最終的には工学部の材料系コースへ移行する事を決めた。

物理にも化学にも興味がある私にとって、物理も化学も両方とも武器にできると謳っている本コースが非常に魅力的に思えたのである。

【進路振り分け】応用マテリアル工学コースを選んだ4つの理由

2022-02-14

 

ただ、残念ながら、私は自身の決断にまたもや後悔する羽目になった。

どういう事かと言うと、移行先の授業に全く興味を持てなかったのである。

”材料”とはいっても金属の事ばかり学ぶから炭素繊維や化学寄りの材料に興味のあった私には不満爆発の毎日だったし、いかんせん座学ばかりで実験がなかったから理系学部へ入った感覚が得られなかったのである。

せっかく選び放題の立場にいたのにチャンスを活かせなかった私には、もはやひとかけらの自尊心すら残っていなかった。

ちなみに、私の学びたかった内容は工学部の応用化学コースで学べたようだ。

そうと知っていたら応用化学へ行っていたのに、私の完全なリサーチ不足でこのような状態になってしまった。

 

全く友達ができなかったから

これだけ苦しんでいた私には、何か積極的なアクションをとるなど到底できなかった。

(北大は自分のいるべき場所じゃない)と思っていたのでせっかく話しかけてくれた同級生と心を通わせられなかったし、部活やサークルでワイワイ騒ぐなど狂気の沙汰だと感じていた。

新歓期間にありとあらゆる団体に入り損ね、私は札幌のど真ん中でただ一人立ちすくんでいた。

当然の帰結として、私は大学時代に全く友達ができなかった。

幸いなことに知り合いは数多くできたので、試験の過去問集めには不自由しなかった。

私はクラスの最前列で授業を真面目に受けていたのでそれなりに試験対策が行えたし、周囲と比較して勉強ができる方だったから過去問の模範解答作りも担当した。

今でも反省しているのは、過去問の授受で言葉を交わした同級生にもっと心を開いておけばよかったという事である。

私は過去問の解答作りを”仕事”としてとらえており、そこから学校外でも会う親しい関係へと派生・発展させなかったのである。

 

友達を作るチャンスは数多く転がっていたし、中には「友達になろうよ」という身に余る言葉をかけてくれた人だってにいた。

そして、そんな好機を逃すどころか、むしろ徹底的に拒絶して自分の殻の中に閉じこもろうとしていた。

私はとんだサイコパス野郎である。

友達の数が多い方が良いとは思わないが、私と友達になりたがっている人をむやみやたらに拒むべきではなかった。

  • 学歴コンプがあった
  • 大学での授業が面白くなかった
  • 友達ができなかった

私の大学生活を辛くしていたのは以上3つの要因である。

次に、今までとは一転し、北大生活を鮮やかに彩ってくれた3つのファクターをご紹介する。

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|FP&日商簿記3級|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文3報(電気化学)|月間収益3,000円/2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。