【あ~怖いっ!】私が自動車学校に通っていた時、運転席に座るたびに思っていた事

私は現役北大院生(修士)だ。

大学2年生の時にMTの自動車免許を取得し、それ以降一度も自動車の運転をしていない優良ドライバーである。

この記事では、私が自動車学校に通っていた時、車の運転に対して抱いていた正直な感想を書き連ねていく。

自動車の運転が怖くて怖くて仕方がない方が共感できる記事になっているので、是非最後までご覧頂きたいと思っている。

 

それでは早速始めよう。

自動車を運転する事に対する正直な感想

対向車が怖すぎる

自動車学校時代、私は自動車の運転が怖くてたまらなかった。

(何が怖いのかなぁ…)と漠然とした恐怖感を分析してみると、怖さの原因の大部分は対向車にある事が発覚した。

複数車線の一番左側を走っている時ならばこの恐怖感を味わわずに済む。

しかし、

  • 片道一車線の道路を走る時
  • 右折しようと一番右の車線を走っている時

こういった状況に直面した瞬間から私は

かめ
反対車線から車がはみ出してこないかな…ぶつかって来ないかな…

と恐ろしさで硬直しそうになってしまうのである。

 

私はとにかく対向車が怖いため、車と行き違うたびに(本当はダメなんだけれども)ブレーキを踏みそうになってしまう。

とはいえ、道路は私だけのものではないから対向車の存在を認めなくては始まらないし、(対向車はこちらへぶつかって来ない)と自らを洗脳して道路に出るしか自動車免許の取得の道は開けなかった。

今だから言うが、仮免を取得した後の最初の路上講習で(何で免許なんか取ろうと思ったのだろう…)と何度も後悔の念に苛まれてしまった。

路上実習のたびに冷や汗で服がビチャビチャになってしまったし、運転しなくて済むのであれば金輪際運転席に座りたくない。

 

気にしなければならない事項が多すぎて困る!!

我々が自分の足で歩く時はせいぜい

  • 床にバナナが落ちていないか
  • 段差に足を躓きはしないか
  • 横から車は来ていないか

この程度の確認事項しかなく、頭を空っぽにしてリラックスして歩行に勤しめる。

しかし、車を運転するとなったら、スリップの原因となるバナナが道路に落ちていないか確認するのはもちろんの事、

  • 左右から車が突っ込んで来やしないか
  • 信号は青か
  • 進みたい道は一方通行ではないか
  • 横断歩道ではない所から横断してくる高齢者(若者)はいやしないか
  • 左折する時自転車を巻き込んでいないか
  • 制限時速は守っているか

など、ここには書ききれないほどの事項を遵守・チェックしつつ、しかも自らの手でハンドルやアクセル操作をしなくてはならないのである。

私はそんなに器用ではないので一度に一つの事にしか集中できないし、あまりに沢山のチェックリストを渡されてしまうと

かめ
もう無理!!!

と放り投げたくなってしまう。

自動車は文明の利器というが、私にとっては自由を束縛する足枷に過ぎない。

 

話は逸れるが、気が滅入るほどの重要事項を守って精神を消耗しているのに、なぜ自動車にも固定資産税が課されているのだろうか。

道路交通法という凄まじく制約の多い法律を守っているのだから、税金を払うどころかむしろ賞金をもらってもおかしくないじゃないかと思えてならない。

 

お願い、自転車さん、横を通らないで!

自動車学校の教習中、私の運転する車の横を何度も自転車がすり抜けるように通過していった。

そして、自転車が通過するたびに私の心臓はギューっと縮まり生きた心地がしなかった

チャリダーはなぜあんなにも向こう見ずなのだろうか?

彼らの命は10個ぐらいあるから一つぐらい失おうとも惜しくないのだろうか?

 

よくよく考えると、私も中・高時代、自転車で学校まで通っており、毎日危険な運転を当たり前のようにやっていた。

信号無視スレスレで横断歩道を猛ダッシュで渡ったり、左右確認もせずに車道を横断したりとやりたい放題であった。

自動車に乗って自転車を俯瞰して見ると、今まで私がどれ程危ない事をしていたかがよく分かり、数々の悪行を反省するに至ったのである。

自分の命を守るためにあのような危険な自転車走行は二度としないし、それが廻りまわって自動車ドライバーの精神消耗を少しでも抑えるのに繋がるのであれば私は喜んで自転車の安全運転に努めようと思う。

ちなみに今は自転車に乗らず、歩行を第一の移動手段と位置付けている。ススキノに路上駐車していた自転車のタイヤを悪い奴にパンクさせられてしまったので、自転車を乗ろうと思っても乗る自転車自体がないのである。(自業自得である)

 

たぶん社会人になっても運転しない(自分は運転に向いていない)

ここまで散々書いてきた内容から分かるように、私は自動車運転に対する適性が絶望的に低い

自動車学校で受けた適性試験では運転適性の最高評価を受けたものの、自動車学校を卒業した今、あのようなテストが私の本当の能力を表しているなどとはどうしても信じられない。

確かに、私は細かい所に気が付く注意力に自信があるし、視力も両目1.5以上をキープしているため運転に向いていると判定されてもおかしくはない。

しかし、私には注意力を一方向にしか向けられないという決定的な欠点があるため、隣に教官が乗ってくれる自動車教習時代ですら

  • 前しか見ていなかったら右か左から災難が振ってくるし
  • 左しか見ていなかった結果、対向車線から右折してくる車とあわや衝突しそうになる

という危険事態にしょっちゅう巻き込まれたのである。

 

おそらく私は社会人になっても運転しないだろう。

車がないと生活できないぐらいのド田舎に就職してしまったら運転するしかないだろうが、運転しなくても済むような就職先を探し、どうにかハンドルを握らなくて済む方針で生きて行きたい。

私はただでさえ音に敏感だから毎日人より何倍も消耗しているのに、それに加えて車で移動するたびに心を蝕まれたら両親より先に死んでしまうであろう。

そんな親不孝はしたくないので、何があっても運転しないという強い意志を貫き、もうすぐ始まる社会人生活を粛々と送って参りたいと思う。

 

早く全ての車が自動運転になって欲しい

自動運転技術が急発展すれば話は別である。

ただ乗っているだけで良くて、AIが勝手に運転して目的地に連れて行ってくれるのであれば、私は喜んで車を乗り回すであろう。

自動運転になる頃には人よりAIの運転技術の方が遥かに信頼できるようになっているはず。

早く自動運転になってほしい。そうすれば私は運転に対する全ての恐怖感から解放されるんだ…

 

(番外編)マイナンバーカードを持っていれば身分証としての免許証は不要

運転免許を取ろうと思ったキッカケは、運転免許証が公的な身分証になるからである。

何かのサービスと契約したい時には免許証が本人確認書類になってくれるし、その適用範囲は区役所からブックオフまで多種多様である。

しかし、よく落ち着いて考えてみると、別に免許証だけが身分証になるわけではない。

  • 学生証
  • 保険証
  • パスポート
  • マイナンバーカード

こうしたものだって立派な本人確認書類となりうるのである。

 

上で挙げた例のうち、最も公的でかつ携帯性に優れているのはマイナンバーカードである。

日本人のマイナンバーカード作成率は10~20%だとどこかの統計で見た経験があるが、なんと私はマイナンバーカードを保有しているのである。

つまり、私は

  • 既に身分証を持っているにもかかわらず(身分証が欲しいな)と思い、
  • わざわざ30万円も払って何か月も時間を費やし、
  • 車に乗るたび精神を消耗しながら

二つ目の身分証を獲得したわけである。

一体私は何がしたかったのだろうか笑。

自分で考えても分からないので、死んだ時に神様に聞いてみようと思っている。

 

慣れたら怖くないと聞くけれども…

私の周りの運転手、例えば父親は

父親
あんなもん慣れたら大したことないで

と私をよく励ましてくれた。

それは事実だと思う。

何事も慣れが大切だし、私が自転車に乗れるようになるまでの横転回数は千手観音菩薩の助けを借りないと数えきれないほどである。

 

しかし、自動車運転の失敗は誰かの命に直結するので、安易な失敗は絶対に許されない。

  • 左右確認の失敗→歩行者や自転車を轢いてしまう
  • 信号確認の失敗→対向車と衝突する可能性がある
  • ブレーキ操作の失敗→追突し、自らが死亡する可能性がある

など、自転車に乗れずに転げまわっているのとは次元が違うほどの責任がついて回るのである。

このようなリスクを冒してまで公道に車で打って出る理屈が私には全く分からないし、慣れたら怖くないとはいっても(慣れるまでにどれほど多くの生命を犠牲にしなくてはならないか)と考えるとゾッとしてしまう。

以上の理由より、自動車教習所に通っていた私は運転が怖くて恐ろしくてたまらなかったし、昔も今もこれからも運転したいと思わないのである。

 

仮に何かの違いで私に彼女ができたとして、何かの間違いでその彼女から

彼女様
ねぇねぇ、ドライブいこうよ~

と猫なで声で誘われたとしよう。

その場合、私は

かめ
きみが運転してくれるなら行くよ。そうじゃなければJRで行こう。

と返答するに違いない。

このような軟弱でひねくれ者であるゆえ、私はものの数秒で彼女にフラれてしまうであろう。

そうなっても私は構わない、私は自分の命を墨守するのが最優先なのである。

 

私は齢23歳、高齢者とは程遠い年齢だが、もういっそのこと免許を返納してしまおうかと思っている。

免許を持っていれば何かの拍子に誰かに運転させられるリスクがあるし、その危険をゼロにするには免許を持っていない状態を作り出すしかないのではないか?

でもまぁ、自動車学校の授業料は親に出してもらったから、先にその30万を親に返納する方が順序としては先であろう。

いち早く立派な社会人となり、免許を早期返納できるよう、今は勉学に励み、かつ健康促進のためのランニングを頑張っていこうと考えている。

 

以上です。

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。