【大学4年生】私が研究室生活一年目で得た5つの収穫

私は現役北大生である。

3月に大学を卒業し、4月からは北大の大学院にて引き続き学生生活を送っていく。

この記事では、研究室生活一年目で得た5つの収穫を紹介する。

この記事を読めば少しは研究室生活をイメージできるようになるかなぁとおもうもうすぐ研究室生活を目前に控えている新4年生は是非最後までご覧頂きたい。

 

それでは早速始めよう。

研究室生活一年目で得た5つの収穫

無知の知を実感した

最初に学んだことは、自分は本当に何も知らなかったんだなぁという事である。

 

今まで23年生きてきて、学校での勉強や自発的な読書によって色々と知識を仕入れてきたつもりだった。

自分で言うのもアレだが、大学での勉強はそつなくこなせていたし、壁にぶち当たる事も特になかったので、(研究室に入っても同じ要領でどうにかなるっしょ)と少々甘く見ていた。

しかし、現実は非常に厳しかった。

小手先の理解など全く通用せず、更には研究室の研究分野が学部授業でほとんど扱わない範囲だったために講義内容もほとんど役立たず、

  • 今までどうして何も知らない状態に満足していたのだろう…?
  • 自分は本当に無知だったのだなぁ…
  • こんなに知らない事が沢山あるのに、自分は一体何をしていたのだろう…

と心から絶望し、完膚なきまでに打ちひしがれたのであった。

 

そうして無知の知を自覚しつつ、傲慢だった性格を謙虚に矯正しようと決意したのが大学4年生の6月頃。

初心に帰って知識の吸収に勤しんだのだが、知れば知るほど益々知らない世界が目の前に広がっていった

  • 一つの論文を選び、その論文を理解しようと思って調べた参考文献でもまた訳の分からぬ文言が出てくるから調べなきゃならなくなるし
  • 自分の専門分野の勉強だけで済むかと思ったら別の分野の勉強をしないといけなくなるし

やればやるほど終わりのない泥沼に私は足を突っ込んでしまったようだった。

大学受験に向けた勉強は”これだけやれば大丈夫”的な目安があったのに対し研究室での勉強には全く終わりがないのである)

 

こうした泥沼を「地獄だ…泣」と言う学生も中にはいるようだが、私はこの泥沼に毎日をかき乱されて誠に快感である。

というのも、今までの学校教育は主にやらされるもの(受動的)だったのでついつい反抗したくなったのに対し、研究室生活での勉強は教材選びから(主体的に)行うため全く嫌気がささないのである。

自らの知的好奇心に任せて知識の海を放浪するのが楽しくて楽しくて仕方がない。

(今まであれほど苦痛だった学校教育はこんな楽しい研究生活を送るためにあったのだ)と思えば、何の意味もないように思えた過去にも重要な意味合いを持たせられる気がしている。

 

研究は超絶面白い

次に学んだことは、研究はすごく面白いという事である。

 

今までの勉強では問題を与えられており、かつ答えも必ずあったのに対し、研究ではまず問題設定をするところから始まるため、もしかしたら答えがない可能性だって否定できない

もしかしたら答えが出ないかもしれない…というフワフワした不安な状態の中で、我々は(こうやったらこうなるんじゃないかなぁ…?)という仮説を立てて、何から何まで手探りで実験をやってみるのだ。

そして、99.9%上手く行かないので、実験セルの作り方を見直してみたり、仮説を組み立て直してみたり試行錯誤する。

そうした試行錯誤を何回も何十回も行い傷だらけになった末に「もしかしてコレは上手く行ったんじゃないか…?」と言えそうなデータが出てきて、それを解析・論文化していくのが大まかな研究の流れであった。

 

私はドキドキハラハラな”研究”という活動を本当に面白く感じた。

上手く行かなければ上手く行かないほど(絶対に仮説を立証してみせるぞ!!)と心がヒートアップしたし研究が大詰めに差し掛かった時は寝食を忘れて作業に没頭した

こんなに毎日頭を使い続けた経験なんて今まで全くなかったし”いま自分は人類がまだ誰も知らない知識のフロンティアを開拓しようとしているんだ”とふと思って身震いした事だって一度や二度ではないのである

嗚呼、華の大学生活。4年目にして私はようやく大学生活の楽しみ方を見つけたようである。

 

研究はよくマラソントレーニングに喩えられる。

私もマラソンの自己ベスト更新に向けて日々汗を流している者の一人だが、ランニングと研究は本当によく似ているなぁと常々感じている

ランニングでも万人に共通した練習法などないので自分に合ったランニング方法を探す所からまず始まるし、自分にピッタリだと思っていた練習法でも徐々にタイムが頭打ちになってくるので何度も試行錯誤を繰り返して常に最適解を求め続ける姿勢が必要だ。

ランニングではこのように試行錯誤力が養われるし、更には強いメンタルや体力が養成されるから、)大学生になって趣味でやり始めたランニングが本当に役立っているなぁ)とつくづく感じる今日この頃であった。

 

研究を楽しめる幸運だけでなく、私はB4の3月に英語論文を出版する幸運にも恵まれた。

もしお時間があれば、下のボタンからご覧になって頂きたい。

この論文に関する学会発表(3/24)を終えたら論文の解説記事を執筆する予定だ。

論文執筆を経験させてもらえて、私は本当に恵まれている。

勉強ができる≠研究ができる

研究室に入って学んだ3つ目の事は、勉強ができるヤツが必ずしも研究上手である訳ではないという事である。

否、むしろ、今まで勉強ができてきた奴の方が研究に苦戦するといっても過言ではないだろう。

 

上の項目でも少し述べたが、研究はそもそも問題設定する所から始まっていく。

ただ、大学受験を突破してきた我々には、残念なことに、問題とは”作るもの”ではなく”与えられるもの”だという認識がこびりついてしまっている。

また、高得点を取れる力と問題設定が上手い能力にはあまり関係がないように私は思う。(多少はあるのかもしれないけどね)

従って、そもそも問題を作り慣れていない人間、しかも模範解答通りに素直に解答してきて高得点をもぎ取ってきた学生にとって、研究生活を順風満帆に送っていくのは本当に大変な事なのである。

<補足>

とはいえ、人生のある一時期は模範回答のある問題に打ち込むことは必要である。

模範解答とは先人の英知が詰まったものなので、自己流に走る前にまずは”型”を身につけてしまった方が長期的な最高到達点は高くなるだろう。

私が主張したいのは、「永遠に型の習得を行っていては何も生み出せないぞ」という事である。

大学受験で思考の型を身につけ、大学生活において型を少し崩してみて、研究室に入った段階で自分独自のカラーを前面に出していけばいい。

 

高校時代、私はあまり成績が良くなかった。

なぜなら、問題の裏の裏の裏(つまり裏)まで読んでしまい一つの問題の解を出すのが極めて遅かったし、出された問題で気にくわない箇所があると(自分ならこうやって出題するのになぁ)と一人でボソボソ難癖をつけていたからである。

こうしたひねくれた性格は大学受験において仇となり、私は一年間の浪人を強いられたのだが、むしろ研究生活においてはプラス要素となり、B4が終わる現時点では問題設定や思考力において何のトラブルも感じていない。

テストであまり点数がとれなかった私にとって、研究という新しいフィールドは偏差値エリートに下剋上する場として私を日々生き生きとさせてくれている。

<補足>

だからと言って、研究室に入ったら勉強しないで良くなるわけではない。

常に新しい知識を仕入れないと最先端の研究にはすぐについていけなくなるし、自分が今やっている研究の実験背景をちゃんと理解していないと論文を書くときに困るのである。

 

人の力を借りないと何もできない

研究室生活で学んだ4つ目の事は、自分の力なんてたかが知れており、人の力を借りなければ本当に何もできないんだなぁという事である。

私は自我が強く、研究生活を送る前は大抵の事なら一人で解決していた。

だが、研究室に入ってみると自分だけではできない事の方が多かったため、(今後は個人プレーに走るのを自重しておこう)と心変わりしたほどである。

人の力を借りる必要性を痛感したエピソードとして、私が研究室に入ってまず行った英語論文の解読作業をご紹介する。

 

私が所属する北大の材料系コースでは4年次に”プレゼンテーション”という授業がある。

それは、自分の研究と関連する英語論文の内容を学生一人一人が10分間の持ち時間でコースの皆に分かるよう伝える講義である。(雑誌会の軽量版みたいなヤツだ)

そして、その講義の発表に向けて論文を読もうとしたのだが、笑っちゃいたくなるほど何が書いてあるか分からなかったのである。

  • 論文中の英単語は専門的なモノばかりだからそもそも全く知らないし
  • 論文が長くて途中で集中力が切れるからいつまでたっても読み終わらないし
  • (だったらせめてグラフのデータの意味だけでも読み取ろう!)と気合を入れてみてもやっぱり全然分からないし
  • (もしかしたら日本語にすれば分かるんじゃないか?!)と閃いてGoogle翻訳にぶち込んでみても(日本語ですら分からない内容をどうやって英語で理解するんだよ…)と途方に暮れることになったし

分からない箇所を見つけてはM1の先輩の所へ行って聞きに行ったし、それでも解決しない時は指導教員の所へ泣きつきに行ってどうにか解読作業を完結させた。

 

無事に英語論文を読み解いて、肝心のプレゼン作成を行おうとしたのだが、これはこれで難しい作業だったため一人では解決できなかった。

  • プレゼンを作り慣れていなかったからどうやって試料を作ればよいか分からなかったし
  • 自分では分かりやすいと思っても他人にとってわかりやすいプレゼンである自信はからきしなかったし

ここでも同期や先輩、さらに先生のお力をたくさん拝借して試料完成までこぎつけた。

私が授業でプレゼン発表を行ったのがB4の5月半ばで、その頃には既に(一人じゃ全く何もできひんやん…)という事をイヤというほど思わされていた。

もし独力で全部やろうとしても何もできなかっただろうし、もし何かできたとしても、それは見るに堪えないお粗末なものだっただろう。

<補足>

「これからは個の時代だ!」とそこかしこで叫ばれている。

周りを見ていると確かに個人の力がしっかりしていないと将来が怪しい時代のように思われるが、だからと言って何でもかんでも個人プレーで解決すべき時代がやってきたわけではないぞと強調しておきたい。

各々が蹴落としあって競争していくのではなく、むしろ、パワーアップした個の力を結集し、より良いものを次々と生み出していく時代が到来したと私は見ている。

いくら個の力を蓄えようとも組織の持つエネルギーにはかなわないので、意固地にならず積極的に周囲の力を借りた方が自分にとってはプラスになる。

 

大学の先生はスーパーマン

私が研究室に入って学んだ5つ目の事は、大学の先生方は超人であるということだ。

こんなにすごい人と私は今まで出会った経験がなかったし、先生方を前にすると(私は如何に取るに足らない人間なのか)と自然と思わされてしまった。

 

先生方の主な仕事は論文を書く事である。

そして、私も経験したから分かるのだが、論文を書くのは本当に本当に本当に大変なのである

  • 自分が書こうとしている論文が既出ではない事を世界中の論文を調べ上げて確認しなきゃならないし
  • 良い実験データが出てきてもそのデータをどんな順番で提示すれば論文の読者に分かりやすいか熟考せねばならないし
  • ヘタな英語で査読に出せば「Poor English (笑)!!」と言われてリジェクトされるから英語の言い回しにも注意しなくてはならないし
  • 査読が始まったら査読者を納得させるための熱い頭脳バトルが始まるし

一つの論文を書くのにいったいどれほどの労力がかかるのか、私には全く想像もつかない。

私の指導教員は「一つの論文には100万円の価値がある」と仰っていて、私もその説に完全同意である。

 

こんな大変な頭脳労働を来る日も来る日もやっていらっしゃる先生方を私は心の底から尊敬している。

いくら1,000万ほどの高い給料をもらっているとはいっても、あれほど大変なバトルを毎日やれるバイタリティーは全人類が見習うべきである。

しかも、先生方はセンター試験の試験監督を始めとする数多くの雑務もこなしているから、大学教授はスーパーマンだと断言できる。

1週間に100kmほどランニングしている私であっても、先生方のようなハードな生活は決してマネできないであろう。

<補足>

研究室の良い所は、こんなスーパーマンに指導されながら生活できる点である。

すごい人と話していればすごい人の思考回路が自然とインプットされるし、超人が如何にして超人になったのかを教えてもらえれば自分も多少は成長できるかもしれない。

教授たちの人脈は非常に広いし、コネを上手く使えば並みの大学生では味わえない数多くの貴重な経験をさせてもらえる可能性がある。

研究室生活を1年してみて、(大学に入って本当に良かった!!)と深く思わされた。

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最後に

研究室1年目に得た収穫は以上5つである。

4月からM1として研究生活を営むので、この恵まれた環境をフル活用し、己をさらに高めていけるように毎日頑張っていきたい。

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。