【よく聞かれるのですが】私が一人でランニングする理由を語ります

私は現役北大生サブスリーランナーである。

週に4~5日ほど、午前中にランニングして自己鍛錬している。

大学生になってからランニングを始め、レースの時を除き、ずっと一人で走ってきた。

サブスリーを達成するための練習法はネットで調べたし、辛い練習も歯を食いしばって一人で乗り切った。

 

この記事では、私が人と一緒にランニングしない理由を話していく。

決して人が嫌いなわけではなく、それなりの理由があって一人で練習しているのである。

私が人を誘ってランニングしない3つの理由

ランニング中は自身の五感に意識を集中させたいから

ランニング中、私は体幹から手や足の先端まで体の隅々に意識を行き渡らせて集中している。

なぜならば、少しでも自分の思い通りに動かせなければ気にくわないし、僅かでも体に違和感があればなるべく早く気付いて練習を中断したいからである。

注意して聞いていると、地面へ着地する角度によって着地する音にも一歩一歩違いがある事も分かるだろう。

こうした些細な変化は感覚に意識を集中していないと見逃してしまいがちなため、私は大学の期末試験と同じぐらい集中して日々ランニングしているのである。

 

人と一緒に走っていると(その人と何か話さなくては)と気を遣ってしまう。

そうなると自分の五感に集中することなど到底できないし、他人の息遣いを聞いているだけで私のリズムが崩れてくる。

何も話さなくてよいのならだいぶ楽だと思われる一方、(だったら一人で走った方が互いにとって幸せなんじゃないか)と思えて仕方がない。

SNSを見ていると”人と一緒に何かをする事で安心感を得られる人種”がいるみたいなのだが、私には人と一緒にいる事に何ら価値を見出せない。(むしろフットワークが重くなるため不安が増幅されてしまう)

 

自分にとってランニングとは、日常生活のあらゆるストレスから自由になってありのままの自分を取り戻せる非日常なのである。

それなのに、日常で顔を合わせる人間と一緒に過ごしていたら、非日常すらも日常になってしまう。

私は人より何倍も敏感で、おまけにストレスをためやすい体質なため、日常と非日常をしっかりと切り離さなければすぐに破綻をきたしてしまう。

ただひたすら安らげる時間に安らげないのだから、私が人と一緒に走る理由などないのである。(超かわいい女子に誘われたら別だけど)

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2021-02-27

待ち合わせをするのが面倒くさいから

人と一緒に走るとなると、練習パートナーと待ち合わせをする必要がある。

集合場所だけではなく、

  • 走る時間
  • 走る場所
  • 走る速度
  • 走る距離

これらをあらかじめ交渉してすり合わせておく必要があるだろう。

もし集合するまで何も決めていなかったら”さぁ走るぞ!”となった時に厄介なことになるだろうし、もし双方の間に実力差があったならば、片方にとってはEasyなメニューでも、もう一方の方にしてみれば辛くてやっていられないほどのメニューになる。

従って、お互いにとってハッピーな練習を実行するためには、走る前に綿密な打ち合わせが必要となる。

 

だが、誰かと一緒に走る度にこうした打ち合わせをするなど、面倒くさがりの私にはやってられないのである。

こんな面倒くさい事をいちいちやらねばならないのならば、そのうち私は走ること自体を止めてしまうであろう。

自由気ままにやれる趣味という事でランニングを始めたのに、どうしてこのように他人にガチガチに縛られて走らねばならないのだろうか。

接待ランニングという事ならば甘んじて受け入れるものの、そうじゃないのであれば、たとえどんなに辛い練習であっても一人でやった方がマシである。

 

そもそも、私はその日の練習メニューをウォーミングアップ中に決めている。

その日の体調によって何分走るかも変わってくるし、ペースや速度、起伏や路面にもいろいろこだわって練習している。

大学3年生まではひと月の練習メニューをあらかじめ決めてからその通りに練習していたが、体調の悪い日に無理をしてケガした経験がある。

人と一緒に走るとなると走る前にあらかじめメニューを決めておく必要があるし、そうすると(無理をして状態を悪化させてしまう原因になりはしないだろうか)と深く懸念しているのである。

 

自分の不安定なペースで相手を振り回してしまいそうだから

私は一定ペースで走るのが得意ではない。

同じ出力で走っているつもりでもキロ15秒ズレることは日常茶飯事だし、どれほど訓練しても安定しなかったため、今では一定ペースで走るのは諦め、ペースが乱れて当たり前の起伏だらけの道を主にランニングしている。

もし誰かと一緒に走った場合、そんな不安定なペースで走る私と一緒に走るランナーが気の毒で仕方がないのである。

ゆっくり走っていたかと思ったら急に速くなり、速くなったと思ったらまたゆっくりになって…伴走してくれるランナーさんを不愉快にさせる事この上ないだろうと私は考えているのだ。

 

「だったら坂道で人と一緒に走ればいいじゃないか」と仰るかもしれないが、坂道こそ五感に集中したいので一人で走る必要がある。

  • 上り坂ではふくらはぎの筋肉を使わずハムストリングスやお尻を主に使うよう注意しなくてはならないし
  • 下りではブレーキをかけ過ぎないよう足さばきに注意したいし、かといってスピードを出し過ぎると膝に悪いため適度な速度に調整する必要がある

このように、上りでも下りでも考えねばならぬことは山ほどあるため、人と話している余裕は正直言って全くない。

平地では坂道ほど考えるべき内容は少ないため人と話せる余裕はあるのだが、平地ではペースがおもいきり不安定になってしまうため、やはり人と一緒に楽しく走る事は極めて困難である。

 

私と同じぐらいペースがフラフラしている方と一緒に走るならば面白いかもしれないが、それだとおそらく私がイライラしてしまって一方的に練習を切り上げてしまうであろう。

ペースに変化のあるインターバル走や変化走は練習している間は良いかもしれないけど、そもそも事前に待ち合わせや打ち合わせをするのが面倒なため一人で走らせてもらいたい。

どうしても人の力を借りたい時はレースに出るつもりだし、練習の時まで人の力を頼っていれば本番で馬鹿力を発揮できなくなってしまう。

こうした沢山の要因があって、私はランニングを始めて以来、ずっと一人で走っているのである。

 

最後に

私が人を誘ってランニングしない理由は以上である。

人が嫌いだからというよりも、私の面倒くさがりな性分が理由なのである。

この記事は人と一緒に走りたい方の価値観を何ら否定するものではないし、私と違って人と一緒の方がストレスがたまらないのであれば思う存分グループで走ったら良いと思う。

お互いが最大の幸せを感じられる環境でずっとスポーツを楽しめるのならば、世の中にとって良い事この上ないと私は思う。

 

以上です。

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。