【閉じ込められてしまいたい】私が本屋を狂おしいほど愛している3つの理由

私は本屋大好き北大生である。

あまりにも本屋が好きすぎて、何の用もないのに週に2回はそこへ行ってしまうのだ。

高校生までも本屋は好きな場所の一つだったが、大学生になって本屋への愛のレベルが数段高まったような気がしている。

4年生になった今では本屋が実家の次に好きな空間となった。

 

この記事では、私が本屋が大好きな3つの理由について書いていく。

現在本屋が大好きな人はもちろん、本屋の魅力にまだ気が付いていない人にもピッタリな記事になっているので、ぜひ最後までご覧いただければ幸いだ。

この記事を最後まで読んだあなたは本屋へ行きたくて行きたくてムズムズしているはずである。

なぜそう言い切れるかというと、この記事を投稿した直後に私は本屋に行って本を購入したからである。

 

それではさっそく始めよう。

私が本屋を愛する理由

本の匂いがたまらなく好きだから

まず、私は本の匂いが大好きである。

中古の本もかぐわしいが、中古より新品の匂いが好きである。

本が鼻に伝える匂いが私にとっては快感なのだ。

本の匂いだけでご飯一杯食べることができるため、私は非常に安上がりな人間である。

 

本屋に入った瞬間、そこには新品の本にしか発せない香りが充満している。

本屋に入るまではただの大気を吸っていたのに、本屋に入った瞬間からまるで麻薬を吸引した時のような悦びを感じるのだ。(麻薬を吸ったことはない)

快感の押し寄せること武田氏騎馬軍団の如く静かなること風の如し。

  • ラーメン二郎のラーメン
  • ラーメン大将の肉チャーハン

これらは一口目に全てが凝縮されているのに対し、本屋が私に提供してくれる快感は本屋を出るまで持続する。

 

…ちょっと何言ってるか分からないかもしれないが、要するに私は本の匂いが大好きで、膨大な量の匂いを嗅ぐためわざわざ本屋へ行くのである

あの香りは依存性があるため非常に危険だと考えられる。

しかし、現行の日本の法律では本屋の香りは規制されていないため、合法麻薬と同様、問題ない。

本屋の匂いにどハマりしちゃう人がきっといるはずだから、最近色んな意味でご無沙汰の方はぜひ本屋に行って快感を覚えて頂きたいと思っている。

 

膨大な数の本を前にして先人たちの偉大さを感じるから

現在私が持っている本の総数は多くて200冊である。

それに対し、本屋にはその数千倍の本が置いてある。

これだけの数の本なんて、死ぬまでかけても読み切れない。

本は人の知恵の結晶だから、本屋に行くと(一生かけても把握できない量の物事を人類はこれまで生み出してきたのか…)と絶望しつつも、先人たちの偉大さを感じて涙が出そうになるのである。

 

たとえ大学での研究が上手く行って調子に乗っている時でも、本屋に行って人類の英知を目にすれば私のプライドは一瞬にして崩れ去る。

大海を知った井の中の蛙(私)は、本屋のおかげで謙虚でいることができている。

もしも今の環境に不満のある人は、ぜひ本屋に足を運んで欲しい。

たとえ狭いコミュニティーの中では一番を取れたとしても、歴史の選別に耐えてきた古典たちには全く歯が立たない事を痛感できるであろうから。

 

人類が他の動物と大きく違う点は、言葉を生み出し、自分の知恵を後世に継承することができる所である。

1000年前に野性のサルが考えていたことを現在サル山に住んでいるサルは知る由もないが、我々人間たちは1000年、いや2000年以上も前に哲学者が議論していたことを書籍によって追体験できる。

これは本当に素晴らしい事だと私は思う。

本屋で膨大な量の本を見た時はいつも(これだけの知見を残してくださって本当にありがとうございます)という思いでいっぱいになってしまうのだ…こんな思いを抱くのは私だけだろうか??

 

本屋によって本の並びや見せ方が全く異なっている点が面白いから

私が本屋を愛する最後の理由は、本屋によって全く違う雰囲気を楽しめるからである。

本屋によって個性があるし、店員さんたちの創意工夫のおかげで同じ本でも全く印象が異なって見えるのだ。

だから、違う本屋をローテーションで徘徊すれば、全く飽きずに本屋巡りを楽しめる。

本屋巡りの楽しさを知らない人は、深田恭子の美しさを知らない並に人生を損している。

 

本屋の個性という点で言えば、札幌市に住む私の行きつけの3つの本屋はそれぞれ様相が全く異なっている。

フローリングや照明、それに雰囲気によってターゲット層が違っているのではないかと私は考えていて、

  1. コンパクトにまとまっている紀伊国屋書店ビジネスマン向け
  2. 落ち着いた雰囲気の丸善&ジュンク堂高めの年齢層向け
  3. 明るい雰囲気でカフェもある三省堂書店若者や家族向け

このように棲み分けているのではないかと感じるのである。

紀伊国屋書店で(この本面白そうだな)とついつい手に取ってしまう本でも三省堂ではイマイチに見えてしまうし、その逆もまた然りである。

書店は一つの芸術作品だし、デジタル化の波に負けず、これからもしぶとく生き残ってもらいたいと私は強く願っている。

 

嗚呼、本屋とはなんと美しき造形物であろうか…

仮に本屋に閉じ込められてしまっても、私ならおそらく外に出られないという不安など感じず貪るように嬉々として読書するだろう。

いっその事、私は本になって書店に閉じ込められるのが幸せかもしれない。

いやいや、そうしたら書店を徘徊する楽しみが失われてしまうから、やっぱり人間のまま閉じ込められる方が良いか…

 

最後に

私が本屋を偏愛する理由は以上である。

今後は私の行きつけの書店を3つご紹介する予定だ。

【2週間に1度は必ず行く】三省堂書店札幌店を7項目から徹底評価します

2021-02-11

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馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。