華のマラソン生活を送ることにしたマラソンバカ2年生

はじめに

華の大学生活を送れなかったマラソンバカ1年生

2019-10-11

前回の記事華の大学生活を送れなかったマラソンバカ1年生で私のマラソン生活1年目をまとめた。今回の記事はそれに続くマラソン生活2年目(2018年シーズン)をまとめた記事である。

まだ1年目の記事を読んでいない方は先に1年目の記事を読んでから2年目の記事を読んで頂きたい。そうすればこの記事を2倍楽しんで頂けるはずである。

それでは、行こう。

3月:2018年シーズンの概要を決定した

ランニングを始めて数か月でハーフ1時間44分を出し、”大学生活をマラソンに全振りしたらものすごいことになるかもしれない”という手ごたえを得て1年目シーズンを終えることができた。

厳しい冬の雪道をそこそこ走って向かえた2018年シーズン。私はシーズンイン前に目標を立てた。

今年、フルマラソンを完走する

この大きな目標に向け、出るべきレースを選定した。

・4月:春のさわやかマラソン(ハーフ)

・6月:さっぽろトリム&ラン(ハーフ)

・8月:さっぽろ夏マラソン(10km)

・9月:美唄ヘルシーロードレース(ハーフ)

・10月:別海町パイロットマラソン(フル)

・11月:作.AC真駒内マラソン(フル)←本命

11月の本命レースに向け順調にステップアップできるようなレース出場計画を立てた。そしてそのすべてのレースのエントリー代の確保を開始した。

また、昨シーズン使用したライトレーサーが既にボロボロになってしまっていたので、新しいシューズを購入した。それが以下のターサージールTS4である。

11月の本命フルを快走するにふさわしいシューズを選びにスポーツショップへ向かい、最もデザインが気に入ったこのシューズを相棒に選んだ。

4月:ハーフ出場(100分切り)

新学期が始まり、と同時に私のマラソンシーズンも開幕した。

シーズン初の大会である春のさわやかマラソン(ハーフ)では100分切りを目標とした。昨年9月のハーフで105分切りを達成したので、それより5分ぐらい速いタイムでゴールできれば上出来だろうと考えたからである。

そして、100分切りを達成すべく朝練を本格化させた。ジョグの最後で1kmタイムトライアルを行った。この時期はまだ本格的なインターバルトレーニングに耐えうる筋力を持ち合わせていなかったので、この1kmタイムトライアルでスピードの底上げを図った。

そして迎えたハーフマラソン。

当日は強い風が吹いていたのでかなりスピードを出すのに苦労した記憶がある。だが、今までやってきた練習が功を奏して後半までスピードを保ち続けることができた。ラストスパートも決め、見事100分切りを果たすことができた。

5月:練習強度アップ

6月のハーフでは95分切りを決めようと考えていたため、ジョグのスピードも少しずつ上げ始めた。

今まではキロ6分半ぐらいでジョグしていたが、この時期からキロ6分~6分15秒で練習した。また、ラスト1kmでのスピードアップも今までに増して全力を尽くすようになり、キロ4分一桁台でゴールすることも多々あった。

練習強度を上げるにつれケガも増えていった。何度もシンスプリントになり一日・二日練習を休むこともあった。だが少しずつ強度にも慣れていき、やがてケガしなくなった。

6月:ハーフ95分切りを目指す

6月中旬、ハーフに出場した。目標は95分切りであったが、結果はそれに53秒及ばず。

原因はラストまで力を温存しすぎたことにあった。

好記録を狙うためには終盤の失速はご法度だと思っていた私は、このレースで15km以降にスパートをかける予定であった。だが、15km過ぎまであまりにも遅いペースで進んでいたため、そこから予定通り懸命にスパートしたものの目標には届かなかった。

このレースで最初から最後まである程度力を使わないといい結果は出ないという事を学んだ。もちろん失速は論外であるが、最初からスピードを出しても失速しない足を作らないと話にならないという事を学んだ。

7月:月間300km突破、そして…

先月のハーフで悔しい思いをした私は、とりあえずめちゃくちゃ走り込んで走力を底上げしようと思った。特にこの月にはターゲットレースがなかったので、ケガしてもいいやと割り切り月間300km走ってやろうと企んだ。

陸上部みたいに二部練を行い距離を稼いだし、定山渓温泉まで30km走りザブンと温泉に浸かったりした。

がむしゃらにほぼ毎日走り込んだことで、この月の月間走行距離は300kmを突破(321km)した。

と同時に、こんな思いが湧いてきた。

かめ
フル、楽勝じゃない?もっと長い距離を走るレースはないのか??

フルすら走ったことないのにこのような思いを抱くとは、私は生粋のバカ野郎である。せめてフルを走ってからこのようなことを考えればいいものを…

とにかくフルより長いレースに挑戦したくなった私は、過去に購入したランニング雑誌ランナーズを読み直し、かつて読み飛ばしていたウルトラマラソンの存在を知ることとなった。

そして、気が付いたら私は沖縄100Kウルトラマラソンのエントリーを済ませていた。料金17,000円である。クレジットカードで支払った。なのでエントリーしたという実感すら湧いてこなかった。

なんという馬鹿なことをしたものか、という後悔の念しか湧き出てこなかった。

8月:10kmレースに出場、のはずが…

衝動的にウルトラマラソンにエントリーしてしまった私は、一回落ち着いて中旬の10kmレースに集中することにした。それは100kmという途方もない距離を走るという実感がまるで感じられなかったためである。

練習ではなかなか強化できないスピードを強化する目的でエントリーした10kmレース。結果は…

出場できなかった。

朝6時半スタートの品出しバイトの残業が長引いてしまい、10時スタートのレースに間に合わなかったのである。

痛恨の極みである。

レーススタートまでに作業を終えるため、私は全力を尽くした。だが、当日はいつもの2倍もある荷物を仕分けせねばならず、いくら頑張っても全く荷物が減らなかったのである。午前10時を指し示す腕時計をバイト先の倉庫で見た時のあの悲しい気持ちを、私はいまだに忘れることができない。

ちなみに、その日の作業終了時刻は午前11時であった。2時間の残業でくたくたになり、レースに出場できなかった悲しさと相まって抜け殻のようになり家に引きこもった。

9月:初の公認ハーフに出場

8月末から実家の広島に帰省し、暑さの中で走力を強化した。

カラッとした札幌で走るのとジメっとした広島で走るのでは、全く練習効果が違う。同じペースで走ると湿度の高い方が心拍数が5~10上がり苦しくなる。あえて走りにくい環境に移動して走り込むことで自分を追い込んでいった。

 

その成果を試そうと出場した美唄ハーフマラソン。自身初の陸連公認大会(距離が正確な大会)である。出場者も今まで出た大会の何倍もいた。だからものすごく心が盛り上がった。

美唄市は田園地帯であり風邪を遮るものは何もない。ゆえに常に横風・向かい風・追い風のいずれかがランナーを襲い、非常にタフなコンディションであった。だが、7月の走り込みの効果と広島での追い込みの効果もあり目標の93分を切ることができた。

10月:別海町パイロットマラソンが…

美唄ハーフから中一週で初フルを迎えるのが本来の自分の作戦であった。そのために夏休みはかなり追い込んでおき、美唄ハーフ終了後よりテーパリングを行い体を回復させていた。

だが本番1週間前、ヤツが太平洋に現れた。

そう、台風だ。

進路予報を見ると、ちょうど別海町パイロットマラソン当日に北海道を直撃する予報であった。

ヤバイ、中止になるやん。

いくらマラソンが雨天決行のスポーツであっても、台風による強風では大会は中止されてしまう。強風だと運営側も選手側も危ないからだ。

吾輩にできることは台風が東にそれることを祈ることだけであった。だが祈りもむなしく金曜日になってもまだレース当日に台風直撃の予報が消えなかった。

そして土曜日…

別海町パイロットマラソン運営者よりメールが届いた。それは大会中止のメールであった。悲しすぎて言葉も出なかった。

そして台風直撃の日曜日。

札幌の風は微風。天気アプリを見ると、道東の別海町もちょっと風が強い程度であった。これだったら大会運営には全く差支えがないのではないか?と思った。

それでも、大会は中止である。運命とはなんと残酷なモノであろうか…

 

1週間ほど絶望したのち、本命レースの作.AC真駒内マラソン(11/3)に心を切り替えた。

本番3週間前・2週間前に計2回、飲み物やジェルなどを入れたリュックを背負いぼっち30km走を行った。

一度目の30km走はかなりきつかったが、次の30km走は余裕たっぷりで終わることができた。

そうしてマラソンを走り切れる足を整え、本番へと向かった。

11月:初フル快走!

吾輩の記念すべき初フルマラソンは11/3の作.AC真駒内マラソンとなった。

真駒内マラソンは、札幌市南区の真駒内競技場を発着点とする周回コースを4周+α走るレースである。またキロ4分15秒~7分までのペースメーカーを運営者が用意してくれるサポートの手厚いレースである。もちろん給水エリアもあるし、1kmごとの距離表示もある。さらにはコースの所々で写真を撮ってくれるおまけ付きだ。それでいてエントリー代6,500円。LCC並みの格安レースである。

レース戦略としては”スタート~30kmまではキロ4分45秒のペーサーについていき、30kmからはスピードアップしゴールまで死力を尽くして可能な限りいいタイムで走ろう”というものだった。二度の30km走をこなしてきたので距離には全く不安はなかった。

そしてレース本番。

ペーサーのペースが全く安定せず、1kmのラップタイムが10~15秒ずれることも多々あった。控えめに言ってもペースブレイカーである。そのペースの上げ下げの影響で序盤からかなり足を使った。

25km過ぎになっても全く安定しなかったのでとうとう堪忍袋の緒が切れ、予定よりかなり早くキロ4分45秒のペーサーを追い抜き一人旅を開始した。

35kmからは地獄だった。気温が低かったため脱水症状にはならなかったものの、太ももの筋肉が着地衝撃を吸収しなくなり腰にダメージが蓄積して腰痛になった。

38km、40kmでは両ふくらはぎが痙攣し、悶絶しそうであった。

それでも何とか失速せずにゴールすることができた。

ゴールタイムは3時間10分46秒であった。

初マラソンにしては上出来のタイムだと思う。

 

初マラソンを終えた夜、彼女と共に牛角で焼き肉を食べた。あの時食べた肉が生涯で最も美味であった。

疲労に染みわたる肉汁。初マラソン快走をねぎらう彼女の甘い声。これらが私の初マラソンをお祝いしてくれた。

だが、2018年シーズンはまだまだ終わらない。むしろここからが本番である。

初マラソンを終えた一か月後の12月16日、ちょうど誕生日の一週間後、私は南国でフルマラソンなど比にならない人生最大のチャレンジを行わなくてはならないのであった。

そう、沖縄100Kウルトラマラソンである。7月に衝動的にエントリーしてしまったあのウルトラマラソンである。

 

フルマラソンの疲れをとるために1週間全休にして、それから本格的にウルトラマラソンへ向けたトレーニングを開始した。

今まで行っていたジョグの走行距離を2倍に増やし、週末には30km走、40km走を行った。そしてそれだけでは不十分であろうと思ったため、フルから3週間後、金・土・日に計100km走るプチ合宿を行った。

プチ合宿で特にきつかったのは土曜日である。この日は3部練で60km走った。朝4時半に起床して15km、その練習を終えてから軽く餅などの炭水化物を摂ってすぐさま30km、昼寝を挟んで15km、計60km走った。

まさに地獄であった。このプチ合宿を終えた次の日の安静心拍数が平常より10ぐらい上がっていて大変寝苦しかったのを今でも覚えている。だがこのプチ合宿により100kmという距離への恐れがなくなったのも事実であり、本番に向けてすごくいいトレーニングになったと思う。

この月の走行距離は今シーズン最多の340kmであった。

12月:人生最大のチャレンジ

12月初旬、札幌に雪が積もり始めた。そのため雪の中でも走れるシューズを用意して練習を続行した。

膝の上まで積もった雪道をかき分けて走ったこともあったし、たった7kmほどのジョグの中で3回滑ってこけたことも珍しくなかった。だが、その痛みは絶対100kmを完走したいという熱い思いにすべてかき消され、全く痛いともさぼりたいとも思わなかった。ある種のトランス状態にあったのだろうと思う。

21歳の誕生日を祝った1週間後の12/16、私は沖縄にて壮大な100kmの旅へと出かけた。

レースプランなどは特になかった。常に余裕のあるペースで走り、大幅な失速を避け10時間以内で帰って来られたらいいかなと思ってスタートした。

レース当日は最高気温が25℃もあり、非常に蒸し暑かった。その暑さに負け、私は60km過ぎより脱水症状になってしまった。75km~95kmの20kmは走って歩いての繰り返しであった。

それでも何とか足を動かし、ゴールして人生最大の感動を味わった。

記録は10時間19分。初ウルトラにしては上出来である。

 

こうして初フルの1か月後に100kmマラソンを完走するという前代未聞のチャレンジを終え、感動の涙と共に一年を締めくくった。

なお、沖縄のウルトラマラソン翌日に北大で1限に授業があったのだが、その講義にはちゃんと出席した。ウルトラ終了後直ちに那覇空港より羽田空港に向かい、羽田空港国際線ターミナルのベンチにて一泊し、翌朝始発の札幌行飛行機に乗り北大へと向かったのである。まさに大学生の鑑である。

~3年生編に続く~

2 件のコメント

  • マラソンバカ最高じゃないですか(笑)
    これからも走り抜きまくってください。

  • あっきーさん
    最高なんですよ〜笑
    これからも変態レベルで走り続けます!

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    馬術競技からマラソンに転向した北大工学院のM1|国体馬術競技優勝&8回入賞|10000m36’33”|マラソン2°47’50”|100kmレース10°19’17”|英検準一級|TOEIC785点|ラン歴5年|乗馬歴10年|英語の学術論文2報(電気化学)|月間2万PVのブログ運営中|コメントやご相談はTwitterのDMまでお願いします。